手をつないで

 

 

今日は保育園はお休みだった。そしてお父さんの碁の研究会がある。
家に門下の人が来ていた。もちろん、緒方さんや芦原さんも来ている。
でも、勉強のためだから、ボクとは遊べない。
それは残念だけど、ボクは研究会が嫌いではない。
碁石が並べられていくのを見るのが好きだ。
もう碁のルールだって覚えてて打てる。
お父さんたちが話す石の流れがよくわからない時もあるけれど、それでも楽しかった。

今日もお父さん達の勉強を邪魔しないように、碁盤を眺めていた。
すると、お母さんが襖を開けて入ってきて、僕の肩を叩いた。
ボクがお母さんを見上げると、「いらっしゃい」と言うようにお母さんは手招きをした。
ボクはお母さんについて部屋から出た。
「アキラさん、今からお買い物に行くの。一緒に来てくれるかしら」
「?」
普段、ボクはお母さんの買い物にはついて行かないからボクは首を傾げた。
「お靴、もうぼろぼろになってしまったでしょう?新しいのが必要だわ」
ボクは自分の靴を思い出した。
幼稚園に通い始めてから外で遊ぶことが多くなったから、確かに少し古ぼけている。
「靴底が減っていると足に悪いんですって。アキラさんも一緒に行って、靴選びましょう?」
お母さんがふわりと笑ってボクの返事を待った。
研究会で碁を見たかったけれど、靴を買いに行くのも悪くないかもしれない。
「ボクも行きます」
そう言うと、お母さんは嬉しそうに笑った。

 

買い物に行く途中で、お母さんと保育園の話を沢山した。
手をつないで眠るのが流行ってることとか、
昨日、近くのお家の猫が迷って園に入ってきて、捨て猫と勘違いした皆が園で飼おうとしたこと、
その猫がとても人懐っこくて、かわいかったこと、
あかりちゃんのお家では犬を飼っていると知ったこと、
ヒカルくんがカブトムシが欲しいって言っていたこと、
いろいろ話した。お母さんは嬉しそうに話を聞いてくれた。

そうしているうちに、デパートについた。
靴屋さんは3階。ボクとお母さんはエスカレーターで3階に向かう。
「あ」
お母さんが小さく声を漏らした。
ちょうどそこは2階につく手前で、お母さんは慌ててボクに2階で降りるように言う。
2階で降りる。
「2階に何か用事があるの?」
「ええ、すぐだからアキラさんはここで待っててくれる?」
「はい」
お母さんは「じゃあ少し待っててね」と少し早足で目的地に向かった。
そんなに急がなくてもボク待ってるのに。
ボクがお母さんを待っていると、目の前に意外な人が現れた。
「ヒカルくん?!」
ヒカルくんはボクに気がつくと、ほっとしたような表情をしてボクに駆け寄った。
「アキラくんっ」
ボクは意外なところでヒカルくんに会えたことが嬉しくて、ヒカルくんの様子をよく見ていなかった。
「ヒカルくんもお買い物?」
「うん…、そうなんだけど…」
ヒカルくんはきょろきょろと視線を彷徨わせて、おどおどしていた。
保育園では見られない様子だった。
ボクは驚いきながら聞いてみた。
「どうかしたの?」
「…うん、あのな」
ヒカルくんは少しためらって話してくれた。
「お母さんがいなくなっちゃったんだ」
「いなくなっちゃった?…ヒカルくん迷子なの?」
「…うん、そう」
返事をしたヒカルくんは泣きそうな顔をしていた。
いつもはきはきして明るいヒカルくんとは違って、ボクは少し戸惑ったけれど、
そんなヒカルくんをボクが助けてあげなくちゃ、と思った。
「じゃあ、ボクも一緒にヒカルくんのお母さん探してあげるよ」
「えっ、本当?!」
「うん」
そう返事をすると、ヒカルくんは嬉しそうに「ありがとう」と笑った。

「ヒカルくん、どこでお母さんとはぐれちゃったの?」
「おもちゃ売り場」
「じゃあ、そこに行ってみようよ」
ヒカルくんはこくんと頷く。少し表情が暗い。
どうにかいつものように笑って欲しかった。
あ!
「ヒカルくん」
「なに?」
「手、つなごうよ」
ボクは手を差し出した。
ボクが眠れない時に手を握ってくれた。すごく安心できた。
だから、今も手をつないだら、きっと安心できるよ。
ヒカルくんはそっとボクの手を握った。
少し弱い力だった。
いつも、痛いくらいにぎゅうっと握り締めるのに、何だかヒカルくんがかわいそうだった。
代わりにボクがヒカルくんの手をぎゅっと握った。
「おもちゃ売り場に行こう」
ボクはヒカルくんがいつもしてくれたように、今度はボクがヒカルくんを引っ張って歩いた。

「ヒカルくん、おもちゃ売り場ってどこだっけ?」
このデパートには何度か来ただけで、おもちゃ売り場も一度緒方さんにつれて来てもらっただけだから、場所がどこかわからなくなってしまった。
ヒカルくんは少し笑って、「こっち」と案内してくれた。
もうボクが引っ張られる番になってしまった。
「ここだよ」
ヒカルくんが嬉しそうに笑顔をボクに向けた。
「じゃあ、お店の人に聞いてみようか?」
そう聞くと、ヒカルくんは少し不安そうにこくんと頷いた。
ボクらがレジに行くと、何だかお客さんが並んでいて、お店の人は忙しく動き回っていた。
「…忙しそうだね」
「あ」
ヒカルくんが小さく声を上げた。
「なに?」
「今日の晩御飯はカレーなんだ」
ヒカルくんは嬉しそうに笑ってそう言う。
「カレー?」
「カレー粉がないって言ってた。だからカレー売り場にお母さんいるかも!」
「じゃあ、1階だね。行こう」
ボクらは手をつないでエスカレーターに乗り込んだ。

「カレーってどこに売ってたっけぇ?」
ヒカルくんはきょろきょろと辺りを見回す。
ボクもカレー粉のある場所はわからない。
仕方がないので、お店の人に聞いてみた。
「すみません」
「はい?」
「カレー粉はどこにありますか?」
「カレー粉?案内するわ。こっちよ」
お店の人の後に続く。
「兄弟でお使いなんてえらいわねぇ」
「あ、」
違うと言おうとしたら、ヒカルくんがずいっと前に出た。
「アキラくんは友達だよ」
「あら、そうなの。あ、カレー粉はここよ」
ヒカルくんはにこっと笑ってお店の人に「ありがとう」と言った。
お店の人は手を振って去っていった。
ヒカルくんは並んだカレー粉を眺めて歩いた。
「あ!これっ」
ヒカルくんが手に取ったのは、今人気のアニメキャラクターのカレーだった。
「いつもこれ食べてんだ!すっごくおいしーんだぜっ」
ヒカルくんは目をきらきらさせて言った。
ボクもにっこりと返すとヒカルくんはもっと嬉しそうに笑ってくれた。
「あ、でも」
ヒカルくんが笑顔を消して言った。
「…お母さん」
そうだ。ここにはお使いに来たんではなくて、ヒカルくんのお母さんを探しに来たんだった。
「いないね」
ボクがそう言うと、ヒカルくんは今にも泣き出しそうな顔になった。
ボクは慌てて言った。
「大丈夫だよっ。お店の人に聞いてみようよ!」
ボクは何だか悔しかった。
何が悔しいのかわからなかったけれど。
ヒカルくんはボクの言葉を聞いても悲しそうな顔のまま、ぽろぽろと涙を零した。
うえっ、ひっ、と小さくヒカルくんが泣く。
「お母さん…」
ヒカルくんが小さく呟いた。
ヒカルくんは流れる涙をごしごしと両手で拭く。
つよく握っていたはずの手は、いつの間にか弱々しく握っていたらしい。
ヒカルくんは泣くのを止めなかった。
「ヒカルくん」
ボクはヒカルくんの両手を掴んで下ろさせると、ボクの手でヒカルくんの涙を拭き取った。
ごしごしと拭いていると、ヒカルくんの大きな目がボクをきょとんと見つめていた。
ヒカルくんの涙を拭き取ると、ボクはもう一度ヒカルくんの手をぎゅっとつよく握った。
「行こう」
ボクが歩き出すと、ヒカルくんはゆっくりと歩き出した。

「すみません」
ボクはカウンター越しのお店の人を見上げた。
「えっと、人を探してるんですけど」
ボクのお母さんくらいの女の人がにっこりと笑って少し腰を下げてくれた。
「誰を探しているの?」
「お母さんっ」
ヒカルくんが縋るように大きな声を出した。
「まぁ、お母さん?そう、はぐれちゃったのかな?」
その人はゆっくりと優しそうに話してくれた。
ヒカルくんはこくこくと頷く。
「そう、わかったわ。こっちへ来て」
女の人が、カウンターの向こう側に行ける小さなドアの所へ案内してくれる。
「どうぞ」
招かれて、ボクは少し戸惑ったけれど、ゆっくりと入った。
ヒカルくんも少し不安そうにおずおずと入る。
イスに座ってと言われて、ボクらは手を離してイスに座る。
その人はボクらと視線を合わせるためにしゃがんでくれた。
「じゃあ、あなたのお名前はなんていうのか教えてくれる?」
「しんどー、ヒカル」
ヒカルくんが答えた。
その女の人はボクを見て、聞いた。
「あなたは…お兄ちゃんかしら?」
ボクは首を振った。
「ボクは友達です」
その人は少し考えて言った。
「あなたのお母さんは?」
「え?あ!」
ボクはあの、2階で待っているように言われたのに、すっかり忘れてヒカルくんと歩き回ってしまった。
「待ってるように言われたんだけど…ヒカルくんが来て…」
ボクは動転して何を言っていいのかわからなくなっていた。
「お友達について来ちゃったのね」
そう聞かれて、頷いた。
そうだ。ボクもいつのまにか迷子になっていた。
どうしよう。お母さんが心配しているかもしれない。
「大丈夫よ、お母さん呼んであげるからね」
その人はにっこりと笑ってボクとヒカルくんの頭を撫でてくれた。
「それで、キミの名前はなんて言うのかな?」
「とうやアキラです」
その人は立ち上がった。
「しんどうヒカルくんと、とうやアキラくんね」
ボクが頷くと、「少し待っててね。お母さん、呼ぶから」とその人はその場から離れた。
ヒカルくんがイスから降りてボクに近づいてくる。
「どうしたの?」
ヒカルくんは不安そうな顔で手を差し出した。
ボクははっとして、すぐにイスから降りる。
それから差し出された手を握り締めた。
少し不安がとれた気がした。

「迷子のお呼び出しを申し上げます」
そうアナウンスが入って、ボク達の名前が放送された。
何だか恥ずかしかったが、仕方なかった。
ヒカルくんは「お母さんに怒られたらどうしよう」と呟いた。
「ボクも一緒に叱られてあげるよ」
そう言うと、ヒカルくんは少し笑った。
アナウンスが終わると、さっきの女の人が戻ってきた。
「あら?座っててもいいのよ?」
ボクらは首を振った。
ヒカルくんが手を強く握り締めるので、ボクもぎゅっと握り返した。
暫くして、女の人がやってきた。
「お母さんっ」
ヒカルくんが嬉しそうに、でも不安そうにそう叫んだ。
「ヒカルっ」
ヒカルくんのお母さんは少し怖い表情でボクらに近づく。
「ヒカル、駄目じゃない、離れたら」
ヒカルくんは少し俯いて、それからボクの手を少し握り締めた。
「お母さん心配したのよ?」
ヒカルくんのお母さんは困ったように少し笑ってヒカルくんの頭をそっと撫でた。
ヒカルくんはぱっと頭を上げて、小さな声で「ごめんなさぁい」と言うと、
ボクから手を離して、お母さんの足にしがみ付いた。
ヒカルくんのお母さんはやれやれと言う様子で、女の人と何か話し始めた。
ヒカルくんはお母さんの足にしがみ付いてまた泣いていた。
視線が会うと、ボクはにっこりと笑って言った。
「よかったね」
ヒカルくんは泣きながらだけど、今日会った中で一番言い顔で笑って言った。
「ありがと」

「アキラさん」
名前を呼ばれて振り返ると、ボクのお母さんが立っていた。
「お母さん」
お母さんはヒカルくんのお母さんと同じように困ったように微笑んで言った。
「よかったわ」
それだけ言った。
それからヒカルくんがたたっとボクに駆け寄ってきて、手をぎゅっと握り締めてくれた。
お母さんはヒカルくんを見て、少し顔を明るくした。
「まぁ、あなたがヒカルくんかしら?」
ヒカルくんは驚いた様子で、でもしっかりと頷いた。
「そう、まぁ、ずいぶん仲がいいのねぇ」
お母さんは嬉しそうにボクらの握られた手を見た。
それからヒカルくんとボクのお母さんは女の人と話をしてそこを出た。

暫くボク達とボク達のお母さんの話は続いた。
といっても、ボクらは迷子になった時のことを聞かれるだけで、お母さん達が話しているだけだった。
お母さん達はボクらの話から、
ヒカルくんが迷子になったところをボクが偶然出会って、一緒にお母さんを探してあげていた、
ということを把握したようだった。
「ごめんね、アキラくん。ヒカルのせいであなたまで巻き込んで」
ボクは首を振った。
なんて言えばヒカルくんが怒られないかわからなかった。
「ヒカルくんは悪くないんです。ボクが探してあげるって勝手についていったから」
ヒカルくんのお母さんは「ありがとう」とにっこりと笑った。
それからお母さん達はボクらの保育園での話しになった。
お母さんはぜひヒカルくんにボクの家に遊びに来て欲しいとヒカルくんとヒカルくんのお母さんに伝えた。
ヒカルくんは嬉しそうに笑って頷いてくれて、ボクは嬉しかった。
そしてボクらは手を振って別れた。
「また明日ね」

それからお母さんと、ボクの新しい靴と、夕食の買い物をした。

 

 

帰り道、お母さんはまた誰か友達が迷子になった時はお母さんを待って欲しい言った。
「そうすれば、お母さんがヒカルくんのお母さんを探せるでしょう?」
そうか。そうだった。
「アキラさんが自分からどこかに行くなんて考えもしなかったから、お母さん焦っちゃったわ」
お母さんに心配をかけていたことに気がついて、謝った。
「今度からは、もう少し考えてから行動出来るといいわね」
「はい」

 

 

ボクは帰ったら、新しく買った靴を自分の部屋で眺めてみた。
黒色と白色で碁盤みたいで気に入ったものだった。
ボクの足にもぴったりで、黄色の星のアクセントがもっと気に入った。
だって碁盤にも星があるから。
ボクは自分の部屋で靴を眺めた後、碁盤のような靴をお父さんや緒方さんに見せようと思って、
部屋に向かう。
すると、休憩時間らしく、部屋の中で笑いが起こった。
ボクが中に入ると、みんながボクを見つめて少し笑う。
その中にはお母さんもいた。
「なぁに?」
皆がいっせいにボクを見るから聞いてみたけれど、返事をしてくれる人はいなくて皆優しそうにボクを見ていた。
「あ、それか?新しい靴って」
ボクが抱えていた靴に気がついて、芦原さんが這ってボクに近づく。
「そう。あのね、これ、碁盤みたいなんだ」
ボクがそう説明すると、皆どっと笑った。
「子供の成長にはいつも驚かされるなぁ」
緒方さんがそう言って笑う。
「緒方さん、それじゃぁ、アキラくんの親みたいな言い方ですよっ」
芦原さんがそう言って笑った。
皆楽しそうに笑ってて、ボクはよくわからないけれど、楽しくなった。
「もう研究会は終わりなの?」
そう聞くと、また笑いが起こったけれど、すぐに研究会が始まった。
ボクは邪魔をしないようにおとなしくそれを見ていた。

 

 

次の日、ヒカルくんと保育園で会うと、何だか不思議な気持ちだった。
くすぐったいような、照れくさいような。
それはヒカルくんも同じみたいだったけれど、それでもボクの好きな笑顔で賭けて来て、
靴が新しくになったことに気がついてくれた。
それで、ボクは昨日、靴を買いに言ったことを話して、
ヒカルくんは昨日のカレーの味の話をしてくれた。

ヒカルくんがボクの靴の碁盤のことを聞くと、笑ったりしないで、
「すげー」と目をキラキラさせて笑ってくれた。
ちょっと嬉しかった。

 

 

「はい」って言うアキラを書いてて、りんちゃんを思い出しました。
ドラマのりんちゃん。大人気だったねぇ。かわいかったもんねぇ
あんな娘が欲しいと私も思いましたもん。
しかし、今時親に「はい」と言う子供がいるのかなぁ…??(貴重な存在のような気がする)