背中合わせ

 

 

 

搭矢を追ってばかりだったからかな?
俺は搭矢の背中ばかり見ていた気がする。
小さいような、大きいような
いつも遠ざかっていくばかりの背中を
ただ見つめるしか出来なかった背中を捕まえて、
そこはオレのお気に入りの場所になった。

 

 

搭矢はいつもリビングのソファの右の方に座る。
そこで大抵本を読んでる。詰め碁を解いたり、普通の文庫本を読んだりしている。
時々、中国語とかの本も広げてる。オレにはちんぷんかんぷんだけどな。
本を読み出したら搭矢はオレに構ってくれない。
本に没頭しちまうから。
オレは初めはそれが嫌だった。
ただでさえ、会える日が少ない。どうせなら構って欲しい。
でも、ソファで本を読むことが搭矢にとってはオレと一緒に過ごす時間のようだ。
オレ達は一緒に暮らしてるけど、プライベートの部屋をそれぞれ持ってる。
搭矢の希望だった。オレは何でもいいかな、と思ったけど。
やっぱ一人の時間は大切かもなって別々の部屋を持つことにした。
自分の部屋があるのに、ここで本を読むってことは、ちょっとくらい邪魔されてもいいかなと思ってるってことだ。
ようするに、重要なのは本を読むことじゃなくって、オレと一緒の空間にいるってこと。
搭矢は素直じゃないからきっと本を持ち出すことで、ここにいるんだと思う。
搭矢はオレと一緒に過ごしたいと思ってる。
でも素直に言えないから、ここで本を読む。搭矢がリビングにいるのにオレが部屋に行くわけないから。
それに気づいたのはオレが搭矢にちょっかいを出すようになってから。
オレは初め、構ってくれないのが面白くなくて、本を読むのを邪魔してやろうと思って、
ソファに座ってる搭矢を後ろから抱きしめた。
オレと搭矢の間にソファがあるから密着は出来ないけど、オレには十分。
搭矢の首筋に顔を埋めて、搭矢の髪からシャンプーの匂いがする。
いつもなら鬱陶しそうに跳ね除けられるのに、その時はそれがなかった。
「搭矢?」
って声をかけたら、ちゃんと振り返ってくれた。
ちょっと首を傾げて、にこって笑って。
だからわかった。
搭矢だってオレに構って欲しかったんだって。
ただ、どう表現していいかわかんなかったんだと思う。
それからオレは搭矢が本を読み始めると後ろから抱きしめる。
なぜか後ろからの方がいいなって思う。どうせ、前から抱きしめたら本が邪魔だし、搭矢が怒るだろうし。
搭矢の顔が見れないのはちょっと残念だけど、安心する。
でもいつからか、足りなくなって俺は搭矢の左側に座ってちょっと搭矢に右を向かせてオレに背を向けさせて、それから抱きしめるという方法になった。
背中にぴったりと頬をひっつけて、ぎゅうと抱きしめる。
搭矢はいつもそんなオレを本を読みながらくすっと笑う。
「しょうがないなぁ」
そんな風に言われたみたいだ。
今日も同じように搭矢の隣で搭矢を抱きしめる。
搭矢は今日も何も言わない。
暖かい搭矢の背中。
「搭矢…」
「何?」
少し振り向いて搭矢が返事をしてくれる。
オレは後ろから覗き込むようにして聞いた。
「何読んでんの?」
「これ」
そう言って差し出されたのは小さな本。小説のようだった。
オレはぱらぱらっとめくって「ふーん」と言うと本を搭矢に返した。
「面白い?」
「まぁね」
「どんな話?」
「途中までしか読んでないけど…自分の国の戦争を終わらせるために旅をしている男女の話」
「ふ〜ん」
搭矢はオレの気のない返事に「やれやれ」って顔をすると体勢を戻して本を読みながら言った。
「キミは本は嫌いなの?」
「んー…まぁ、読むのめんどくさいじゃん」
「呆れた」
「そうだ。搭矢が読んで聞かせてよ」
そう言ったら搭矢は振り返って聞いてきた。
「ボクが?」
「うん。オレ聞くだけなら出来るし」
搭矢はくすっと笑うと本を閉じた。
「じゃあ、違う本を持ってくるよ」
そう言って立ち上がってリビングを出て行く。
別に本なんてどれでもいいのに
搭矢が読んでくれるなら、どれでも
搭矢が持ってきたのは小さい薄い本だった。
「搭矢…本どっから持って来てんの?」
「図書館から借りて来るんだよ」
あ、そっか
「時々、碁の本も借りるよ。キミも利用したら?」
「うん。考えとく」
搭矢は苦笑してソファに座った。
たぶんオレが行く気がないのがわかったんだ。
搭矢は本のページを捲った。
「『今はぼくも少しだけ成長した。あの頃の』」
搭矢が本を読み出したのをオレはぼぉっと聞いていた。
なんて綺麗な澄んだ声だろう
声を聞くだけで心地よく、嬉しくなる。
オレは横から搭矢を抱きしめた。
ゆっくり強く。
搭矢の肩に頭を預けて本を覗いてみた。
文字が並んでて、オレが読んだらすぐに寝れそうな感じだ。
搭矢はちらっとオレを見て、でも本を読み続けた。
「『父の背中を見て、大きいと思った頃の』」
「あ」
オレが声をあげると搭矢はオレを見た。
「何?」
「ちょっと待って」
オレは搭矢から離れるとソファに座り直して搭矢を無理やりオレに背中を向けさせた。
「何?」
「この方がなんかいいんだ」
そう言ってオレは搭矢の背中にしがみ付いた。
やっぱり落ち着くなぁ…
搭矢はくすっと笑って言った。
「なんだかコアラみたいだ」
「え?」
「そういう風にしてると親にしがみ付いてる子供のコアラみたいだ」
そう言って搭矢がくすくす笑った。
「そうか?」
「うん」
うーん。
「じゃあ、今日は体勢変えてみよっか」
そう言ってオレは搭矢から離れて搭矢に背中を向けた。
オレと搭矢は背中合わせになって座った。
「これでどう?」
オレは聞いてみた。
「別にいいんじゃないか?」
「じゃ、読んでよ」
オレが促したら、搭矢はまた本を朗読し始めた。
背中から搭矢の声が響く。
後ろから抱きしめるのもいいけど…
背中合わせもいいかもなぁ
搭矢の背中は暖かかった。
とくとくと心臓の動く音が伝わってくる。
オレは背中から伝わってくる暖かさと搭矢の綺麗な声で幸せだった。
気持ちいい…
オレは本の内容はほとんど聞いてなかった。
搭矢に後で怒られそうだけど、オレは本の内容より搭矢の声を聞く方が興味があるから。
ずっとずっと搭矢の声を聞いていたいな
そう思った。
今度から搭矢に本を読んでもらおっかなぁ…
そう思いながら目を閉じた。
綺麗な声だな…

 

 

 

 

 

 

 

 

ふいに背中にかかる体重が重くなったから、本を読むのをやめて問いかけた。
「進藤?」
返事がない。ボクが進藤を見えるように体の向きを変えようとしたら、進藤がずずっとバランスを崩してボクの方に倒れこんできた。
ぼすっ
進藤の頭がボクの膝に音をたてて倒れこみ進藤はとうとうソファに横になる形になった。
どうやら寝ているらしい。
すうすうと寝息をたてている。
聞くだけなら出きるといったのに…結局は寝てしまっている。
ボクはくすっと笑うと進藤の頭を撫でた。
きっと進藤は話の内容もちゃんとわかっていなかったんじゃないかな?
それでもボクは怒る気はなかった。
進藤が幸せそうに眠っているのを見て、ボクは暖かい気持ちになった。
進藤の頭をもう一度撫でるとボクは声には出さずに本の続きを読み始めた。
「搭矢…もっと読んで…」
え?
驚いて進藤を見た。まだ目は閉じられたままだ。
「進藤?起きているのか?」
でも返事はなかった。
寝言…?
寝ているくせに本を読めと強請るなんて…
ボクはまたくすっと笑うと小さな声で本を読み始めた。
進藤は幸せそうに微笑んで寝息をたてていた。

 

 

 

 

 

 

 

だんだんネタに困ってきた今日この頃;
ずっと聞いていたいっていいながら寝るなよ!進藤。
私だったら絶対寝ない。絶対に