「ずっと待ってるから」
進藤がそう言ってくれてから、進藤はボクにあまり触れてこなくなった。
抱きついて甘えるのも、キスしたいと駄々をこねることもしなくなった。
ずっと前はこうだったかもしれない。
でも、もうボクの生活の中で進藤は…
沢山、触れ合う仲になっていた。
ボクが嫌がろうと、鬱陶しがろうと、邪険にしようとも、進藤は笑顔でボクに甘えてきた。
だから最後にはボクはしかたないなと全て受け入れてきた。
それは嫌々受け入れていたんではなくて、愛しさからのしかたないであった。
キミだから許していたんだ。キミだからこそ
これが「好き」だと言う事なんだろうか?
恋人の好きとはどういうことなんだろう。
だって、ボクは両親も、緒方さんや芦原さんも市河さんも、もちろん進藤も、皆好きだ。
それぞれ違う「好き」だとは思うけれど、どう違うのかは…実のところよくわからない。
どうして…誰かを好きだと簡単に言ってしまえるんだろう。
進藤はどうしてボクに好きだと言えたんだろう。「は?」
「だから、ボクのどこが好きなんだって聞いているんだ」
進藤は口をぽかんとだらしなく開けてボクを見ていた。
「何で突然…?」
「いいから答えろ」
ボクが有無を言わさぬ態度をとると進藤は照れた様子で言った。
「…全部v」
「キミはバカか!どこがと聞いたんだ!全部じゃあ、どことは言えないだろう!」
「えー…。じゃあ、おまえの顔だろぉ」
「顔なのか?!」
「最後まで聞けよ!あと声と口と目と手だろ、指も髪も、あーっと、足もな。で?何でそんなこと聞くんだよ?」
「別に…。ふと気になったから」
「ふーん…。オレとの交際を考えて?」
ボクは進藤の頭を叩いた。
進藤は「いてて」と頭を摩りながら笑った。
「痛いなもぅ。でもこうゆうとこも好きだぜ?かわいいv」
ボクはかぁっと顔が熱くなった。
「まだあるぜ?碁が絡むとなりふり構わずなトコも、オレを邪険に扱うトコも、…ちょっと鈍いトコも!」
…それは…褒めているのか?
「やっぱ、全部だよ。おまえ全部好き。搭矢アキラが好きなんだ」
「……」
こう面と向かって言われると…困ってしまう。
「何でそんなの気になったんだ?何か不安でもある?」
ボクは首を振った。
「好きだと思ったのは…どうして?」
進藤は「はぁ?」と首を傾げてさも当たり前のように言った。
「好きなもんは好きだと思うだろ?何?男のおまえを好きになったから?だから気になる?」
別に男とか女とか関係なく…好きだと思うことの…
「オレにとって男とかあんま関係ないんだよ。そりゃ初めは悩んだりしたけど…。今はおまえが好きだってちゃんと言えるから」
進藤はにっこりと笑った。
「…ボクは、キミが好きだけど…、それが恋だか、それとも友情のものなのか、わからない」
「うん」
「どうしたら…わかるか、それもわからないから…キミの意見を参考にしたかったんだけど」
「うーん…」
進藤は腕を組んで唸った。
「そういうのは…オレもわかんないなぁ。好きだと思ったら好きなんだけど…」
「だってそれなら緒方さんや芦原さんも好きだよ」
「ええっ。ちょっと待てよ!頼むから緒方さんとかを好きだって言うのはやめろよ!オレ立ち直れないからなっ!」
進藤は慌ててボクに詰め寄った。
「進藤っ!勘違いするなっ!兄弟子として好きだってことだ!」
「な、んだぁもう!…じゃあオレは?」
「だから…わからない」
そういうと進藤はボクをじっと見た。
「…何だ?」
「オレは…自惚れかもしんねーけど、搭矢はオレのこと好きなんだと思うよ」
「えっ」
「だってキスするの許してくれてたじゃん?オレの気持ち知らなくても…、許してくれてたってことは、ちょっとはオレと触れ合うことが嬉しいって気持ちがあったんじゃないかって。違う?」
進藤に触れて嬉しいと言う気持ち。
ボクにあったのだろうか?
「ま、ゆっくり考えてよ。オレは待ってるからさ」
進藤はへらへらと笑っていた。
ボクはその日は進藤のことが好きかそうでないかで頭を悩ませることとなった。
ある日棋院で進藤と和谷くんを見た。
2人が楽しそうに何かを話している。対局場に行くには2人の前を通らなければならない。
ボクは2人に近づいて行った。進藤はボクに気がついていないらしい。
進藤は和谷くんとはしゃいだあと、プロレスの技か何かを試すみたいに和谷くんの首を腕で絞めていた。
それがすごく楽しそうに見えた。
和谷くんは「ギブっ、ギブッ!」と言いながら進藤の腕を叩いている。
「あ!搭矢っ!」
進藤がボクに気がついた。
「おい進藤放せって!さすがに苦しい」
進藤は和谷くんの抗議も聞かずに和谷くんをずりずりと引っ張りぎみにボクに近づいた。
「おはよう、搭矢」
進藤は満面の笑みでそう言った。
「おはよう」
和谷くんは進藤に首を絞められているにも関わらずあいさつをしてくれた。
「…おはよう」
「進藤、もう離せって!」
和谷くんはべしべしと進藤の腕を叩いている。
ボクがじっとその様子を見ていたら和谷くんがボクを見て言った。
「搭矢…顔、引きつってんぞ?」
「えっ」
ボクは驚いて声が上ずってしまった。
「どうした?熱でもあんの?」
進藤がボクのおでこに手を持ってきて自分の体温とボクの体温を比べようとした。
進藤に触れられてボクは一気に熱を帯びた。
かぁっと顔が熱くなる。
自分でもマズイと思った。これは顔が赤くなる時の感覚だ。
ボクは慌てて進藤の手を振り払って「大丈夫だ」と言い、さっさと対局場に向かった。
進藤に触れられるだけでこんなに意識してしまうなんて自分はどうかしている。
触れ合うなら今までだって沢山していた。進藤がべたべたと引っ付いて離れなかったから。
それなのにボクはいまさら何を…。
ビー…
対局の始まる合図がなった。
ボクが自分の気持ちの整理をしているまに対局の時間になっていたようだ。
ボクは相手にあいさつをすると碁に集中することにした。碁の内容は…悪かった。勝ちはしたが、満足の出来る碁ではなかった。
集中できない。どうしても…進藤と和谷くんがじゃれ合っている様子を思い出してしまう。
もやもやとした気持ちになってしまう。
何だ…?これじゃぁ…何だか…、嫉妬しているみたいだ。
進藤と仲良く話して、触れ合ってる和谷くんに。
それから…ボクとは触れ合うことを避けている進藤が、和谷くんとは普通に触れ合っていることが、無性に嫌だと思った。
独占欲
一瞬頭を過ぎった自分の気持ちの名前に驚いてボクは頭をぶんぶんと振った。
ボクは…
もう…知らないフリは出来ない…
ボクは進藤が好きなんだ。
友情じゃなくて、進藤と同じ「好き」だ。
本当は前から、進藤の言うようにボクは進藤が好きだったのかもしれない。
無意識の内に進藤と触れ合うということが嬉しいと感じていたのかもしれない。
ボクは本当は知っていたのかもしれない。
ボクは進藤が好きだということ。
ただ、認められなくて。信じられなくて。この人を失いたくなくて。
知らないフリをしていたのかもしれない。
でも、もう無理だ。
キミが好きだ。キミに触れたい
…自覚するだけじゃ駄目だということをボクはすぐに理解した。
進藤のように相手に伝えなければ。
でも、ボクはどうしても言えなかった。
今更かもしれないけれど、恥ずかしい。
とてもじゃないけれど言えない。
タイトル戦を戦う前より緊張してしまうのだから、情けないやら恥ずかしいやら。
「搭矢?どした?」
進藤が首を傾げて聞いてきた。
「…何でもない」
「そうか?何だかぼーっとしてるぜ?」
…ぼーっとしてたんじゃないよ。キミのことを考えていたんだ
「もうやめとく?疲れた?」
「いや、大丈夫だ。もう一局打とう」
ボクは慌てて碁石を取る。
それを見た進藤が「碁が絡むとおまえって燃えるよな」と笑いながら言った。
それもあるけれど…
碁を挟んでいないとどうしていいかわからなくなるというか。
以前のボクは進藤と2人きりの時何をしていたんだろう。何を考えていたんだろう。
よく思い出せない。
ボクは盤面を見ながら考えていた。
ボクは、今日こそきちんと進藤に言おうと決めていた。
ボクの気持ちを
待っていてくれている進藤に。
今までも何度も言おうとは思っていたのだけれど、言い出せずに今に至る。
今日こそは!
そう思って進藤を誘った。
「休みがあるからボクの家で打とう」と。
進藤はボクの休みを勝手に調べて事前にボクに来ることを伝えてくるからそんなことは言わなくても進藤は来るのだけれど、これはボクなりのけじめだった。
ボクが直接来て欲しいと頼んだんだ。ボクが行動を起こさなければ始まらない。
今日は、絶対に言いたい。
…でも、
こういうことはいつ、どういうタイミングで言えばいいのだろうか?
それになんて言えばいいのだろう?
それよりも、ボクは言えるのだろうか?
今までも何度も言おうとして、出来なかった。
今日は…言いたいのに。
「搭矢?やっぱし疲れてんじゃねーの?」
「え?」
進藤がボクの置いた石を指差して言った。
「これとか何かおまえらしくないじゃん?」
言われてみればちょっと自分らしくない手だと思った。
「オレ帰ろうか?寝た方がいいんじゃねぇの?」
「だ、大丈夫だ!いいから打て!」
ボクは慌てて進藤を促した。
進藤に帰られては元も子もない。
進藤は苦笑するととりあえず石を置いた。
ボクはそれから進藤が「帰る」なんて言い出さぬように慎重に石を置いていった。「「ありがとうございました」」
ボクらは挨拶すると検討に入った。
「搭矢途中から気合入ったよなぁ。ここなんかオレ困ったんだけど」
「ここに備えて先にこちらに打っておくべきだったんだ」
「うー…」
進藤は盤面を見ながら唸っている。
ボクがその様子をじっと見ていたら、視線に気がついた進藤が顔を上げた。
「何?」
「別に」
進藤はにっと意地悪そうに笑った。
「見惚れた?」
「自惚れるな」
そう言っても進藤は一向に笑ったままだ。…何だか気持ち悪い。
「何で笑っているんだ?」
「ん?嬉しいから」
「…何が嬉しいんだ」
「…ないしょv」
「………」
進藤はボクを見てにこにこと笑っている。
何なんだ。
「もういいのか?」
「え?」
「石を片付けてもいいか?」
「ああ。いいよ」
ボクは石を片付けrながらまた考えた。
いつ言おうか、なんていえばいいか…。
ボクがぼおっと片付けていると進藤が立ち上がってボクの目の前を通り過ぎた。
ボクの視界の外に進藤が行ってしまった瞬間、ボクの手は思わず進藤を追いかけた。
進藤の手を慌てて握って進藤の動きを止めた。
「わ!…搭矢?」
進藤はボクの行動に驚いているようだった。実際にボクも自分の行動に驚いてしまって言葉が出なかった。
「搭矢…聞いてたよな?」
「何…だ?」
「トイレ借りるぞって言ったらおまえ「ああ」って言っただろ」
ああ、そうだ。ボクは慌てて進藤の手を離した。
上の空で返事をしたから、一瞬忘れていた、と言うよりそんなことは頭になかった。
ただ、進藤が視界から消えるのが嫌だったのだ。
進藤はにこっと笑うとゆっくりと部屋を出て行った。
…駄目だ。自制出来ない。
進藤に触れたい。触れて欲しい。
その感情が止まらない。
以前あったものが、なくなってしまうということがどんなに寂しいものなのかを思い知る。
当たり前に目の前にあったのに。ボクだけのものだったのに。
「搭矢」
気がつくと進藤がボクの横に立っていた。
「…進藤」
進藤はボクの前に来て、ゆっくりと座る。それからボクににっこりと微笑んで顔を近づけてきた。
ボクの心臓はその時飛び上がって驚いた。体が一気に強張るのがわかった。
でも進藤は近づけただけで、それ以上は動かない。
あの時を思い出した。
ボクが進藤の気持ちを理解した時。進藤の綺麗な瞳。
以前とやっぱり変わらない進藤の瞳に、ボクが映っていた。
進藤は優しくボクを見ていてくれた。
進藤はこんな顔もするんだな。そう思った。
とても優しい瞳だった。普段の彼からは想像できないくらいだ。
そんな瞳で見つめられて、ボクは嬉しくてどうにかなってしまいそうだった。
進藤はにっこりと笑ったあと、「ん」と言って目を閉じた。
「…なんだ?」
まさかと思うが…
「キスしてよ」
ボクは呆然と進藤を見つめてしまった。
進藤は目を瞑ったままだ。
進藤はボクの変化を感じ取ったのだろうか?
ボクが進藤を好きだということを自覚したことを知っていたのだろうか?
そう思うとボクはかぁっと顔が熱くなった。きっと顔は赤くなってしまった。
進藤は待ちきれなかったのか、目を開けて少し前進しながら囁いた。
「ねぇ、オレに触れたいでしょ。違う?」
やっぱり…知っていたんだな。
そう思うと恥ずかしいという感情よりも、憎たらしいという感情が疼いた。
ボクはずっと考えていたのに。どうしたらいいかと。
それを知っていたなんて…何だか悔しい。
それに言いたかったのに。言う前に知っているなんて反則じゃないか。
ボクはきっと進藤を睨んでやった。
「キスしたいな」
進藤は満面の笑みで言ってのけた。
「…目を瞑れ」
ボクが言うと、進藤は嬉しそうに目を輝かせてそれからゆっくりと目を閉じた。
「……」
ボクは進藤の頬に手を伸ばして…
思いっきり引っ張ってやった。
「いでででででっ」
進藤は突然の仕打ちに驚いてボクから離れようとした。
ボクは手をぱっと離して、ボクから離れようとした進藤の手を掴み、ぐいっと引っ張った。
進藤はバランスを崩してボクの方によろけた。
ボクはよろけた進藤の耳元に口を寄せて囁いた。
「キミからキスすればいいだろう」
好きだ、なんて言ってやるものか。
進藤を軽く突き飛ばしてやったら、進藤はよろけてぺたんと尻餅をついた。
ぼけっとボクを見る進藤は何だかやっぱりかわいかった。
進藤の顔はみるみる赤くなって頭をがしがしと乱暴に掻き、「あーっ」と叫んだ。
「何か悔しい〜」
何が悔しいんだ。ボクの方が悔しい。キミに知られていたなんて。
「おまえなぁ!承諾すんならもっとかわいく承諾しろよ!てか素直にキスしてくれよ!」
「嫌だね。かわいくなくて結構だ」
進藤は「ううぅ」と唸って拗ねたようにボクを見た。
それがかわいくて思わず笑ったら、進藤が嬉しそうに微笑んでボクに近づいてきた。
それからぎゅうっとボクを抱きしめてきた。
「あー…搭矢抱きしめるの久しぶりだぁ」
進藤は甘えるように顔を肩に埋めた。
「んー、搭矢の匂い」
「…キミは犬か」
進藤が犬だったらと言う想像をして、ボクはつい笑ってしまった。
「何?」
進藤はボクに抱きついたまま、上目遣いでボクを見た。
…犬、に見えないこともない
「キミが犬だったら…面白いのにと思って」
そう言ったら進藤はボクの顎をぺろっと舐めた。
それから首筋、頬も舐められた。進藤は楽しそうに笑った。
「進藤っ」
「わんv」
「ふざけるなっ」
「わんわん」
進藤はぺろぺろとボクの頬を舐めながら囁いた。
「面白い?」
進藤は首を傾げてボクを覗き込んだ。
「……人間の方がいい」
そう言ったら進藤は嬉しそうに笑った。
「オレも人の方がいい」
進藤はボクにキスを送ってから言った。
「犬じゃあ相手にされないもんな」あとで、何故ボクに触れてくるのを避けていたか聞くと、進藤はこう答えた。
「搭矢から触れたくなったらいいなぁと思ったから」
ボクは進藤の思う壺に動いていたらしい。
それを聞いてボクは一層思った。
「好きだ」なんて言ってやらないからな。
アキラに告白させようとしたのに…
何故か言いたくないと意地をはらせてしまった;
でもアキラってこんな感じだよね?(違うかな…;)