途切れない想いに、絶えない気持ち。
知らない明日を歩むことも、キミがいれば平気だと思えた。
永遠が見えなくとも、遠い未来に不安を覚えても、キミと過ごす今この瞬間が、僕はとても大事だと思う。
重ねてきた思い出と、抱え込んだ過去。
傍にいてともに過ごしてきた時は僕にとって光る楽園のようなもので、それはこの先も変わらない。
ずっとずっと、楽園は続く。
キミといるその場所が、僕の楽園。
いつまでも、想いは揺るがない。
この気持ちは果てしなくて。
キミを愛しているといつも思う。
幼かった頃から、大人になった今まで。
―――思い続けたのは、キミを愛しているということ。
いつだって、どんな時だって、僕の心を攫うのはキミだった。
全部、キミが攫った。
寿ぎ ― kotohogi ―
彼と出逢ってから、友人となるまでには長い時間がかかった。
離れていたその長かった時間もとても大事で、その時のことを思い出す度に、僕は彼に逢えてよかったと改めて思うのだった。
今は・・・友人でもあり、この世でいちばん大切な存在でもある彼。
眩しくて、優しく甘い微笑みは、いつもそれが僕だけに向けられるものであるということを実感させてくれる。
いつからか・・・二十歳を過ぎた頃からか、彼はサングラスを好んでかけるようになった。
薄いシルバーがかったグレーのそれはただ見ているだけの僕ですらもうすっかり馴染んでしまうほどにいつも彼とともにある。
時には目元に、時には手の中に、時にはシャツの胸元に、そっと置かれて。
レンズ越しに覗き込んでくる涼しげな瞳が、僕はとても好きだった。
いかにも女性を口説く時にするかのような魅惑的な視線で、彼は僕を虜にする。
計算なのか無意識なのかわからないけれど、それはいつだって僕にとって耐え難いほどの幸福の瞬間で。
ひたすらに恍惚感に襲われる中、その大好きな瞳を見つめ返すことしか出来なかった。
彼に触れられることが好きだ。
囁かれることが好きだ。
強引にされることも、嫉妬を覚えてもらうことも。
どんな時も彼は僕を大事だと全身で言う。
彼の全部が、僕を大事だと告げている。
それをうれしいと感じる自分は情けない症状ももう末期だろうと、僕は時折密かに思った。
「・・・ありません・・・・・・」
軽く頭を下げる僕に、彼はもう笑うことはなかった。
以前は勝つ度に喜んで、はしゃいで、それが終わってもニヤけた笑顔が消えなかったが、今ではもう勝率は五分で・・・それどころか正直、僕は彼に押され気味で。
当然といえば当然ではある。
彼と打つようになってから、早十年の月日が経とうとしているのだから。
すっかり大人になった彼。
ちょうどサングラスを持つようになったくらいだろうか、少年ぽさはすっかり抜け落ち、男らしい精悍な顔つきになった。
いつの間にか腕も肩も胸も鍛え抜かれて引き締まり、大人の男性の体になっていた。
石を持つ手も大きくなり、見慣れたはずの指ももはや僕の知らないものになってしまった気がした。
ふっと零す笑みは直視するにはあまりに眩しくて、僕はいつも目を細める。
同時にいつも、ぎゅっと胸が痛む。
切なくて、どこか苦しくて。
子どもではない。
僕たちはもう子どもではない。
いつまでも、子どものままではいられない。
彼と経てきた年月は長く、でも短く。
まるでつい昨日のことのように感じたかと思えば、もう遠い昔のことのようでもある。
そんな思い出をいくつも重ねてきた。
昔を過去と呼べるほどに長くともに過ごした。
そして今のこの時もまた、未来の僕は過去と呼ぶのだと思う。
そんな先の夢が僕には見えていた。
僕だけでなく、きっと―――進藤にも。
「なぁ・・・」
ソファに軽く背を預けて、彼は天井を仰いで僕に向け口を開いた。
対局の後は二人ともぼんやりと放心状態に近くなってしまうことが多い。
この日もまたそうだった。
「何?」
僕は僕で、ベッドに座り読みかけの本から目を離さずに答える。
彼は黙っていた。
ほんのしばらく流れた沈黙の後、もう一度「なぁ」と切り出した彼は、今度は流れるように滑らかに穏やかに、その続きを言った。
「オマエ、なんでこの間俺のハハオヤに『ありがとうございます』なんて言ったんだ?」
抱えた片膝と体の間にクッションを挟んで、相変わらず上を仰いだまま尋ねてくる。
なんだ、聞いていたのかと内心少し気恥ずかしく思い驚きながら、ずっとそのことを言わなかったくせに今頃になって・・・と、半分呆れた。
もう今日で九月は終わる。
彼の母親と会ったのは十日ほども前のことだ。
その時からずっと胸に抱いていたんだろうけど、今の今まで訊かなかった・・・いや、訊けなかったというのが、ひどく彼らしいと思った。
「・・ちょっとね・・・」
思わず漏らしてしまう笑みが見つからないようにと、そっと厚いハードカバーの本を進藤との視線の間に重ねる。
オマエずりぃ、と小さくぼやく声が聴こえて苦笑した。
「―――キミは?」
再び黙ってしまった彼に、今度は僕から問いかけた。
「は?」
「キミはなんで去年の終わり、僕の母に『ありがとう』なんて言ったんだ?」
「―――」
彼が絶句する。
その後、諦めたように「ほんとヤなヤツ、オマエって」と溜め息をついた。
「僕はキミが言ってたから言ったんだよ。キミの考えはとても理に適ってると思ったからね」
笑ってみせても、彼はまだ少し拗ねたような顔をした。
もう一度浅く溜め息をついて無言で立ち上がり、ゆっくりと僕の隣に座る。
「オマエんちは頭いいからすぐわかったみたい。美人で頭イイなんて、すげぇ理想だよな、明子サン」
聞き手によれば揶揄にも聞こえるかもしれないそれは、しかしはっきりと称讃なのだとわかった。
「うちは馬鹿だからさ。オマエが何であんなこと言ったかわかってねぇよ、絶対」
僕の肩にもたれかかり、愚痴をこぼす時のように言う。
だけどその可愛げの欠片もない言葉でも、なぜか彼が言うと優しさがこもっていると感じられる。
けなしているようでいて、本当はとても愛情が含まれていると。
長い腕で抱き寄せられて、広くなった彼の胸に触れる。
「そんなことはない。キミのお母さんもきっと気付いてるよ」
「んなわけねぇって」
笑って言った僕に間髪入れずに答えが返ってくる。
「そんなわけ・・・あるよ」
「ねぇ」
「ある」
「ねぇ」
「あるよ」
「ねぇって」
「あるったら!」
「ねぇっつってんの!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
馬鹿馬鹿しいやりとりに顔を見合わせて笑った。
他愛もない幼い会話がただそれだけでうれしかった。幸せだった。
「キミのお母さんのおかげで―――キミのお母さんがキミを生んでくれたから、今ここにキミがいるんだよ・・・」
真顔になった彼はかすかに笑って、ほんの少しだけ頷くようにうつむいた。
「オマエだって、同じだ」
「うん、そう。だからキミ、そう言ったんだろう?僕の母に」
「・・・ああ、まぁ・・・・・・」
彼の最後の声は言葉尻を濁すように曖昧に消された。
「キミが生まれてきてくれて―――本当にうれしいよ・・・」
微笑み合って目が合った後、僕の胸に顔を埋めてきた彼をそっと抱きしめながら言った。
「あぁ・・・」
くぐもった声と温かい吐息が胸をくすぐる。
「キミと出逢えて・・・よかった・・・・・・」
真っ直ぐに流れる僕とは違う、柔らかい彼の髪をゆっくりと梳きながら撫でて告げる。
「俺も・・・オマエに逢えてよかった―――」
深く抱きしめられた分、胸に拡がる痛みも増した。
愛しくて切ない。
ふと瞳を合わせて、彼はまた風が光るように眩しく微笑んだ。
大人びた笑みは僕の心を更に締めつける。
痛くて、痛くて、苦しくて。
彼が好きだと何度も思った。
揺れる金色の前髪が瞳を掠めて流れる。
細められた目が愛おしげに僕の姿を映している。
心の底からの思いが、その眼差しに総て溢れていると僕は思う。
唇が、アイシテルと形どる。
そのまま近づいてゆっくりと重ねられた。
触れるだけの口づけはとても甘くて、とけそうで。
涙が零れた。
抱きしめて、伝える。
キミの還る場所はここだと。
言葉にもならない、この想いを届けたい。
ずっと一緒に・・・・・・と。
自由で奔放な彼の居場所が、どうか僕であってほしい。
願うのはそればかりで。
勝手で我が儘な考えかもしれないと思いながら、祈りは止まらない。
「キミに出逢えてよかった―――」
口から零れる言葉は同じものしかない。
ただ繰り返し、名前を呼ぶことしか出来ない。
「・・・進藤」
その名前を呼ぶ度に、僕はいつも思うのだと・・・どう伝えたらいいのだろうか。
キミが生まれてきてくれてよかったと。
キミと出逢えてよかったと。
キミが生き続けてくれることをずっと祈ると。
「塔矢・・・」
柔らかい・・・華の香にも似た綻ぶような風が、彼を纏いながら弾けて光る。
愛しい姿だと思った。
僕の求めて止まない姿だった。
向けられた微笑みはやはり眩しすぎて、目を細めずにはいられない。
彼の隣で歩んで行けることを、僕は誇りに思う。
"アイシテル"
その響きに、甘い切なさが胸に染みた。
笑顔の奥に見える寂しさも悲しみも、全部欲しくなった。
もう会えないその人を想う心まで、全部。
今までと同じように、これからもずっと。
僕はキミと生きると―――誓うように思った。
進藤。
生まれてきてくれてありがとう。
僕と出逢ってくれてありがとう。
僕を愛してくれてありがとう。
僕と生きることを選んでくれて・・・・・・ありがとう。
くぅ(涙)
日烏 朱月様からフリーということで図々しくも頂いてしまいました。
切ない2人が好きでした。
アップがものすごく遅くなって本当に申し訳ないんですが…(汗)
最後にこんな2人が見れて嬉しかったです。