冬の恋
オレは好きな奴がいる。
オレにとってそいつはただ好きなだけじゃなくて
ライバルで、友達で、大切な人だ。失いたくない
だからオレは決めたんだ。
とても寒い日、雪が降った。夜から降り続いたらしく、朝には辺り一面真っ白だった。
東京では珍しいくらい積もった。
ちょうどその時、オレは休みで、搭矢も休みで
オレ達は対局の約束をしていた。
2人とも碁会所に行くのは骨が折れるだろうという搭矢の提案でどちらかの家で打とうということになった。
搭矢らしい。
絶対に「やめにしよう」とは言わない。
あいつの碁への執念はすごいよな。
こんな雪もなんのその、って感じ。
搭矢はオレの家に来ると言ったけれど、オレは理由をつけて断った。
だって、オレの部屋で打つことになるじゃん。
そうしたら、オレ我慢できる自信がない。
言ってしまいそうだ。「好きだ」と。
搭矢の家なら我慢できそうな気がする。
何かあいつの家って清楚って言うか…悪いことは出来ないって感じ。
人の家だからかもしんねーけど。
だからオレが搭矢の家に行くことになった。
搭矢には「雪が見たいからさ」とあいつが気を使わないように言っておいた。
で、今は搭矢の家に行く途中。
家の前で突然の雪に大ハシャギする子供達がいた。
雪を集めて雪だるまでも作るんだろうな。
「いらっしゃい、大変じゃなかった?」
搭矢がオレを出迎えて言った。
「…大丈夫」
本当は1回派手に転んだとは言えない。
雪で滑ったんだよな。ちょっと痛かった;
「じゃあ、打とうか」
嬉しそうに言う搭矢は綺麗だった。
搭矢が長考することは滅多にない。
だからこういう搭矢が長考した時はつい搭矢を見ちまう。
真剣に碁盤に向かう姿はかっこいいと思う。
男のオレでも見惚れるくらいかっこいい。
あいつが陰では人気があるのが頷ける(でもあくまでも陰で、なんだよな。こいつ愛想悪いから)。
それからふと、本当に一瞬、顔が綻ぶ時があるんだ。
たぶんいい手が浮かんだ瞬間なんだろうけど。
それが綺麗で。一瞬だからか、目に焼きつく。
忘れられなくなる。
だってすっげー綺麗なんだもん
そんなことを考えてると、搭矢の顔が一瞬綻んだ。次の瞬間には強烈な一手が放たれてる。
オレはぞくぞくした。
そんな顔をする搭矢にか、そんな手を打ってくる搭矢にか、それはわからなかったけど。
オレにとって搭矢と碁を打つ時間は搭矢と繋がっていられる時だった。
あいつとオレの為の時間
何も余計なことは考えずに、ただ搭矢の手に答える。
それでもう、オレは幸せだ。
2人きりになるのはオレの気持ちを抑えられなくなりそうで怖いけど、
帰るときはもっと嫌だ。これっきり会えなくならないかな?搭矢はオレとまた打ってくれるだろうか?
搭矢と、離れたくない――――
ずっと搭矢と一緒にいたい。
オレの気持ちを伝えなくてもいいから。碁を打ち続けるだけでいい。
搭矢のそばにいたい…
「気をつけて。今度は転ばないように」
「えっ!?オレ転んだって言ったっけ?」
「ふふ、やっぱりコケたんだね。ズボンに雪がついてたんだよ」
「う。おまえなぁ…」
いつもと同じ一言二言交わしてから
「じゃあね」
「ああ」
短く挨拶して別れる。
オレが玄関を背を向けて歩き出すと後ろで戸を閉める音が聞こえる。
それが無性に悲しかった。
オレは帰るだけで、別に搭矢に追い出されたわけじゃないのに
締め出されたみたいな気分だ。「入ってくるな」って言われたみたいだ。
搭矢のそばにいちゃ、いけないみたいだ。
そんなこと、誰も言ってないのに…このまま帰りたくなかった。
なんでもいいからオレは歩き続けた。
自分の家も通り過ぎて、ずんずん進んだ。
とりあえず体を動かしていれば、なんとなく気が軽かった。
搭矢
オレはただひたすら歩いた。
雪はもう溶けている。今日は曇ってるから塀の上なんかの人が触らないところはまだ残ってるけど、
道路なんかはもうすっかり溶けてる。これじゃ、コケたくてもコケれない。
ふと、公園が目にとまった。
知らない公園だ。もうずいぶん家から離れてるし…
オレはちょっと公園に入ってみた。公園も雪が溶けてマダラ模様になっていた。
子供の足跡もある。誰かがここで遊んだんだな
でももう子供達は公園にはいなかった。もうすっかり暗くなってるからだ。
オレは公園をうろうろと歩き回った。
すると公園の隅に木が立っていた。その木には雪が積もっていた。
それから、その木の周りにその木を囲むように雪が綺麗に残っていた。
誰も触れなかった雪。
オレはそれをじっと見つめてた。
雪は街灯の光できらきらと光り、まるで宝石のようだった。
綺麗だな…
オレはその雪に近づいた。でも決して踏むことはないように。
もったいないな、これ……すぐ、溶けちまうんだ…
ふいにその雪を汚したくなった。
綺麗な雪を踏んで見たいと、そんな風に思った。
オレはもう一度雪を見つめた。
あいかわらず、きらきらと綺麗に光りを反射している。
ダメだ…
雪を踏んでしまうなんて、
この綺麗なものを壊してしまうなんてダメだ。
いつか消えてしまうとしても、最後までここにいて、綺麗でいればそれでいい。
ふと、搭矢の顔が思い浮かんだ。
搭矢…
オレは意味もなく悲しくなった。
泣きそうになったけど、必死に涙を堪えた。
オレはしゃがみ込むと、綺麗な雪を少しだけ、ほんの少しだけ手に取ってみた。
冷たかった
オレはふっと笑うと手に乗せたその雪を口元に運んでキスをした。
ほんの一瞬、唇が冷たいものに触れて、それで終わり。
オレはその雪を元の位置に静かに戻して立ち上がった。
この雪が溶けたら
オレは搭矢を忘れる。
搭矢のことを、元のようにライバルとして一緒にいるだけにする。
こんな風に考えたりしないよ。
「さよなら、搭矢」
オレは雪に背を向けて歩き出した。
この雪と一緒にオレの恋も溶けていく。
後ろからは、何の音もしなかった。
起きてすぐ空を見ると、晴れだった。
どきっとした。
もう忘れるって、決めたけど…
オレは急いで家を出て、走った。
昨日の公園に走ってる途中、まだ、雪が残っているところがあってほっとした。
なんでほっとしてんだろ?
なんで…オレ走ってんだろう?
考えなくてもいいや。ただあの雪がどうなったか知りたい。
溶けててもいい。見たい、見たい…
はぁ、はぁ、はぁ、
あの雪は、まだ残っていた。マダラ模様になっていたけど、
きっと今日一日ももたないだろうけど…。
まだ、存在していた。
変わらずきらきらと輝いてた。
ぽた、ぽた、ぽた、
雪の上に落ちてくるのは、水。
木に積もっていた雪が溶けて水となって落ちていく。
オレは雪を踏むのも構わず木に近づき、幹をそっと撫でてみた。
ざら…
ぽた、ぽた、ぽた、ぽた、
木の下に入ると上から雪解け水がぽたぽたと落ちてくる。
木に下にいるのに…雨が降ってるみたいだ
普通、雨が降ってても木の下なら雨を凌げる。
でも今は、晴れているにも関わらず、木の下は雨。
オレは足元を見た。
もう雪も溶けるだろう
オレは木を見上げた。
木が…泣いてるみたいだ…
ぽた、ぽた、ぽた…
木が滲んでいく。
オレは何故か泣いていた。
声も出さずに泣いた。搭矢…
オレは木と一緒に泣いていた
搭矢、好きだよお前を失いたくないんだ
きっと雪が溶けたら忘れるから
今だけ
「搭矢っ…」
好きだよ、搭矢…
私の住んでるトコで雪が積もった時に思いついた話です。
ハッピーエンドにならなかった;
この後ヒカルがどうなるかは皆様のご想像にお任せします(逃げ)