進藤は最近ずっと様子がおかしい。
一言で言うと元気がない。詳しく言うと、碁が進藤らしくないし、ぼおっとしていることが多いし、笑うことがめっきり少なくなったし、なにより
進藤がボクを避けている。
初めはただ忙しいとか約束があるとか言い訳をして僕との対局を断っていたけれど、だんだんボクと会うことを避けて、最近はボクが話しかけてもちらっとこちらを見て無言で去っていく。その時の進藤の瞳はひどく冷たかった。
腹が立った。
ボクがなにかしたのかもしれないと思って聞こうと話しかけてもなにも答えてくれない。
答えてくれないだけじゃなく、あんな瞳でみられて。
ボクだって人間だ。悲しいと思うことだってある。
あの冷たい瞳で見られたら、嫌われたんじゃないかと思う。
いや、実際避けられているのだから嫌われてしまったんだ。人に嫌われて、悲しくない人間なんていないと思う。
もう進藤と対局がで出来ないのではないかと思うと恐ろしくて、悲しかった。
そして悲しい、と思う反面、進藤に怒りを感じていた。
どうして何も言ってくれないのか。
どうせなら「嫌いだから話しかけるな」と面と向かって言われたほうがましだ。
そう言われたら聞けるのに、「ボクはキミに何かした?」と。

棋院で久しぶりに進藤を見た。本当に久しぶりだった。なぜなら進藤の避けっぷりが半端でなく徹底していたからだ。それでもボクは諦めないで彼を追いかけた。僕が手合いでなくても進藤が手合いなら棋院に来て進藤を待っていた。それでも結局は避けられて話すら出来ないのだけれど。進藤のマンションに行ってみたりしたけど居留守を使われた。
どんなに避けられても追いかけるつもりでいた。ボクを避ける理由を聞かない限り。
でも進藤は逃げるのが上手くてボクはもう打つ手がなかった。
そんな時に会えたのだ。今日こそ理由を聞き出してやる。
それにしても、進藤は今日は手合いは無い日なのに、何をしていたんだろう?
ボクも今日は手合いはなかった。ただ、通りかかっただけ。そうしたら進藤が棋院から出てきたのだ。
進藤と目が会った。途端に進藤の瞳が冷たいものになったのがわかった。
「進藤」
「・・・・・」
進藤は相変わらず話してはくれない。
でも今日は絶対に聞き出す。そう決めた。
今日聞かなければ、一生進藤と話すことなど出来なくなってしまうような気がした。
進藤はボクを無視してすたすたと歩く。ボクは進藤の後ろについて歩いた。
進藤が曲がり角を曲がった。ボクが曲がると進藤はすごい勢いで走っていた。
予想はしていた。これは前に使われた手だった。というより毎回これで進藤を見失う。
でも今日は予想して進藤とあまり離れていなかったし、幸いここは曲がり角がない。人は多いけど、ボクが彼を見失うわけない。進藤の髪は目立つしね。
ボクは全速力で進藤を追いかけた。ボクは走るのは苦手じゃなかったから進藤に離されずにすんだ
進藤はちらっと後ろのボクを伺って、ボクがついてきているとわかると諦めたように速度を落としてさっきのように早歩きになった。
よかった。走るのは苦手じゃないけど、進藤より持久力があるとは思えなかったから。
でもきっと違う手で逃げ出すはずだ。そんなことはさせない。
「進藤、どうしてボクを避けるんだっ?」
後ろから進藤に問いかける。返事を返してくれることを願って。
でも進藤は返事はしてくれない。代わりに歩く速度が早くなった。
「理由を聞かない限り諦めないからな!」
ボクはこの台詞を何度言っただろう?もうわからないぐらい言った。
進藤はちらっと横を見た。これも罠だ。ボクがそっちの方を見たりしたら進藤は素早く身を隠すのだ。これも前に使った手。
進藤がちっと舌打ちしたのがわかった。
進藤もボクを撒く手が尽きてきたようだ。毎回やられていたらいくらなんでもボクだって学習する。進藤の撒き方は上手くて結構撒かれたけれど、今日は引っかからない。
今日こそ聞き出してやる!
進藤はちらっとボクを見るとキッと睨んで歩き続けた。
進藤の目的地はないようだった。とりあえず、ボクを撒く手段がないか探しているみたいだ。ずっとうろうろしている。
それは夕方まで続いたけど、進藤は諦めて駅に向かいだした。
そうだ、追いかけてるだけじゃ進藤と話は出来ない。家に帰られたら鍵をかけられておしまいだ。どこかで捕まえて逃げられなくして聞き出さないと。
まあなんとかなる。進藤のマンションの近くなら人が少ない。そこで進藤を縛ってでも理由を聞く。それが駄目なら最終手段で進藤と一緒に家に入ってしまうしかない。
とにかく諦めたりしない。今日は絶対に。
夕方だったから電車は混んでいた。進藤はこれを狙っていたのか?
進藤の近くに立っているものの人が多すぎて見失いそうだし、人ごみに紛れて違う駅で降りられたら困る。
がぁー
ドアが開いた。一斉に人が電車から降りていく。ボクは人波に飲まれないように進藤を見張った。すると進藤はぱっとその駅で降りた。その駅は進藤の降りる駅じゃない。
予想どうりだ。そう思ってボクも電車から降りた。ぴーっとドアが閉まる音が鳴る。と、その時進藤が電車に乗り込んだ。
あ!
ボクは慌てた。そこまで予想していなかった。第一電車まで追いかけられたのは今日が始めてだったから、この作戦は始めて体験する。
ドアは半分閉まっていた。もう駄目か、そう思ったら進藤が勝ち誇ったように笑ったのが目に入った。かあっと頭に血がのぼった。ボクは何も考えずにドアに向かって走った。
がたんっ
「っ!」
腕に鈍い痛みが走った。ボクの腕はドアに挟まれていた。体はもちろん電車の外。あまりの痛さに腕を抜こうとしたがすごい力にボクは顔を顰めるぐらいしか出来なかった。
車掌さんがすぐ気がついてドアを開けてくれた。ボクは素早く乗り込んでほっとした。
乗客がボクを見ていたけど、気にしなかった。進藤は驚いたような、呆れたような顔をしていたけど、すぐに顔を背けられた。
それから進藤は降りるべき駅で降りて、自分のマンションへ真っ直ぐ向かった。僕も後に続く。
「進藤!」
もうそろそろ聞き出さないと家についてしまう。そう思って声をかけた。
進藤はあいかわらずだんまりだ。
幸い、もう暗くなり、辺りには人っ子一人いなかった。
ボクは本当に縛り上げてやろうかと思ったけど、縛るものが無いことに気がついてそれはやめることにした。
「進藤!」
これで駄目なら家に押しかけるしかないな、と思っていると、進藤がゆっくりこちらを向いた。
真っ直ぐボクを見つめた。それは冷たい瞳だったけれど、この際どうでもよかった。
「進藤、どうして」
また同じ台詞を言おうとしたら進藤がゆっくり口を開いた。
「どうして追いかけてくるんだ?」
進藤の声を聞くのは久しぶりで、すごく驚いた。まさか話してくれるとは思っていなかったから。
「ど、…どうしてって」
それはボクが聞きたい。
どうして避けるのか。どうして逃げるのか。
「キミがボクを避けるから…」
進藤はボクをじっと見て目をそらさない。その瞳は冷たすぎて怖かった。
「もう追いかけてくるな。……じゃなきゃ…」
何を言われても引く気はない。理由を聞くまでは。
「殺すよ?おまえを」
殺す?
一瞬、進藤の言っている意味が理解できなった。
進藤はポケットからナイフを取り出して見せた。小さいものだけど、心臓を一突きすれば人を殺すことも出来そうだ。
「オレは本気だ。ついてくるなら殺すよ」
そう言った進藤の瞳は恐ろしいほど冷たくて、本当に殺されるかもしれないと思った。
でも、
それでも引くわけにはいかない。理由を聞かなければ。
「理由を話してくれるならついていかない。どうしてボクを避ける?」
「今すぐ帰れ」
進藤はそれだけ言うとすたすたと歩き出した。ボクは一瞬ついていくか迷った。
殺すよ?おまえを
進藤の言葉がこだまする。
でも…、二度とプライベートで進藤と打つことができないなら、進藤と言葉を交わすことが出来ないなら、殺されてもいいかもしれないと思った。
ボクは進藤の後についていった。
進藤は逃げる様子は見せず、振り返りもしないで真っ直ぐ自宅へ向かった。進藤は部屋の前で立ち止まり、鍵をバックから取り出してドアを開けた。進藤が入った後、すぐ、足と手をドアの間に滑り込ませてドアが閉まらないようにした。が、そんな必要はなかった。進藤はドアをいきなり閉めることはしなかった。ボクがドアをそっと開けると進藤はボクも見ないで靴を脱いでいた。とりあえずボクは素早く玄関に入った。
と、靴を脱いでいた進藤が振り返ってボクの腕を掴み、すごい勢いで引っ張った。
「?!」
さっき電車に挟まれた腕だったので、ボクは振り払うことが出来なかった。
進藤はボクを放り投げるように玄関に突き飛ばすとドアに鍵を二つかけた。
「しん」
最後まで言い終わらないうちに進藤がボクに覆いかぶさってきた。左手でボクの肩を抑えて、右手でいつの間にだしたのか、ナイフを握っていた。
そのナイフはボクの首にあたるかあたらないか、という場所でとまっていた。
「殺すって言ったよな?わかってる?」
進藤は冷たく言い放った。怖い。知り合いがこんなに怖く感じたのは初めてだった。
「おまえ、死んでもいいの?」
「っ、進藤…」
やっと言えたのはそれだけ。
「ついてきたのはおまえだからね」
そう言って進藤は意地悪そうに笑った。
次の瞬間、ナイフが振り上げられた。
刺される?!
そう思って目を瞑った。
どんっ
右耳の近くでなにか音がした。
…痛くない?
恐る恐る目を開けると進藤の左腕にナイフが刺さっていた。
「なっ?!進藤っ?!」
進藤はじっとそのナイフを見つめていたけど、すぐ、ナイフを抜いた。
すると進藤の腕からものすごい量の血が流れ出した。
「あー…、やっぱ痛いんだな」
どこか納得したように進藤が言う。その時の進藤の瞳は以前のように子供っぽさがのこる無邪気な瞳だった。
ボクは慌てて携帯を取り出した。救急車を呼ばなくては、と思ったから。
でもその携帯は進藤に取り上げられて壁に思いっきり投げつけられた。携帯は無残にも真っ二つ。とても使える状態ではなかった。
「救急車なんか呼ぶな。誰も呼ぶな」
そう言って進藤は立ち上がり、腕から血をぽたぽたと落としながらリビングに向かった。
ボクは慌てて進藤の後についていった。
ああ、こういう時はどうしたらいいんだ。
そうだ!とりあえず血を止めなければ。
ボクは慌ててタオルかなにかを探しに行った。進藤のマンションに来たのは数回だったから、どこに何があるか把握しきれていない。とにかくタンスやら風呂場やらにあった綺麗そうなタオルを持ってリビングに向かうと、進藤はソファに座ってのんきにテレビを見ていた。でも腕からは血が止まることなく溢れていて、ソファを真っ赤に染めていた。
ボクはゾッとした。
そのアンバランスさに。
怖いとは違う。いろんな感情が渦巻いて、ボクは気分が悪くなった。
でもそんなことは言っていられない。ボクは進藤に駆け寄った。
人は大量出血でだって死ねるんだ。このままでは進藤が死んでしまう!
「進藤、腕出して」
そういっても一向に動いてくれない。テレビをぼおっと見ている。
いや、何も見ていないんじゃないか?
進藤の瞳にはなんの光も見られなかった。
しょうがない
ボクは進藤の腕にタオルを巻くと、ぎゅっときつく縛った。
「っつ!!」
さすがに痛かったらしい。進藤はボクを恨めしげに睨んだ。
これでいいのかな?
とりあえず止血したらいいはず。
でもタオルはすぐに真っ赤に染まっていく。
ボクはすぐ新しいタオルを巻いて縛る。進藤は痛そうに顔を顰めたが声は出さなかった。
どうしよう
絶対に病院にいった方がいい。こんなに血が出て…
進藤は何がしたいんだ?ボクを殺すと言って自分を刺すし…
話をするどこじゃなくなった。
「進藤、病院に行こう」
「…帰れ」
返事をしてくれるのは嬉しいけど、全然人の話を聞いていない。
「いやだ。病院へ行こう。救急車を呼ぶから」
そう言って進藤から離れようとすると、腕をつかまれた。ドアで挟んだ所がじんじん痛む。
「余計なことするな。おまえまだわかんねーの?」
ちゃき
進藤がさっきのナイフを取り出した。それは進藤の血で真っ赤に染まっていた。
「殺すよ?ここにいたら」
「……殺せばいい」
「………………」
「キミが何をしたいのかわからないっ!どうして何も言ってくれないっ?ボクを殺したいなら殺せばいいっ!!」
もう訳がわからない。進藤が何を考えているか。
進藤は冷たい瞳でボクを見ていたが、テレビを消してすっと立ち上がると部屋の隅にあった碁盤を引っ張り出してきて、その前に座った。
いつもの対局をする時のように。
でも瞳は…悲しそうに碁盤を見つめていた。
進藤はそっと左手で碁盤の隅を撫でた。そこは進藤の血で汚れてしまった。
ボクはそっと進藤の前に移動すると進藤の前に、対局するときのように座った。
進藤はちらっとボクを見て、すぐ下を向いてしまった。ボクから進藤がどんな表情をしているか見ることができない。
「お願いっ。………帰って」
進藤は懇願するように言った。今までと明らかに声色が違う。
何か切羽詰ったような、悲しそうな声だった。
「いやだ」
「…っ」
ひゅん、どんっ
進藤が顔を上げたと思ったら、風を切る音が聞こえて、ボクの目の前の碁盤にナイフが刺さっていた。
びいぃぃん
ナイフが震えて音を発していた。
「進っ」
驚いて顔を進藤に向けると、もっと驚いた。
進藤が泣いていたから。
「おまえを殺したいのにっ!オレに出来るわけないじゃん!!ずるいよっ!」
「しん…」
「こんな物なかったらよかったのにっ!」
進藤は涙を流しながら碁盤を睨んだ。
「囲碁を殺せたらいいのにっ!!今すぐ殺してやるのにっ!そうしたらおまえにっ、出会わなくてすんだのにっ!!」
そんなにも、囲碁を憎みたくなるほど…
ボクはキミに嫌われているのか…
「どうしてっ!これしかないんだっ!!こんな繋がりならいらないっ!!」
進藤は立ち上がってボクを睨みつけた。進藤の瞳からは涙が溢れて止まらなかった。その涙がぽたっと床に落ちた。と、その横で、赤い雫がぽたっと落ちてきた。
血だ!
進藤の腕からはまた血がぽたぽたと落ちていた。
血が、止まっていないんだ?!大変だ。病院に行かないと!
「出てけよっ!!」
「進藤、それより腕」
「いやだっ!心配なんかいらないっ!!何もいらないっ!!」
「進藤、でも腕が」
「おまえなんかっ、オレが碁打たなきゃオレに興味ないんだろっ!!もう打たないからオレに構うなっ!出てけっ!!」
ぱんっ!
ボクは立ち上がって進藤の頬を思いっきり叩いた。
腹が立った。
泣き喚く進藤に、なにも出来ない自分に。訳のわからない怒りが込み上げて、ボクは進藤を叩いた。
進藤は叩かれた衝撃でか、涙は止まっていた。
「キミはっ……。ボクはキミがわからない。キミは…何を苦しんでいるんだ?言ってくれないとわからない。きちんと説明してくれ」
「碁なんていらない。おまえと碁でしか繋がれないなら…。碁で繋がるんなら繋がってないほうがいい。碁だけなんて…いやだ」
「進藤?」
進藤の言っている意味がわからない。
ボクはてっきり嫌いだとかこう、そういうことを言われるかと思ったから。
「塔矢」
久しぶりに名前で呼ばれた。嬉しかった。こんなことでこんなにも喜ぶことが出来るなんて知らなかった。
「好きだ。塔矢が欲しい。碁だけの友達じゃいやだ」
「・・・・・・」
ボクはたぶんすごく間抜けな顔をしていたんじゃないかな。
進藤がぷっと笑って近づいてくる。
何?好き??進藤がボクを?
…よかった。嫌われていたわけじゃなかったんだ。
「だから帰れって言ったんだ。帰らなかったのはおまえだからね」
そう言って進藤はふわっと幸せそうに微笑んだ。
久しぶりに見る、進藤の笑顔だった。
ボクは進藤にキスされていた。触れるだけの優しいキス。
殺すと言っていた人がしているとは思えないほど優しい。
「んっ…」
ボクはなんだか苦しくなって進藤から離れようとした。
「は」
息を吸うと同時に進藤の舌が侵入してくる。ゆっくり優しく。ボクを怖がらせないようにしてくれてるんだ。そう思うと嬉しかった。
そうか、ボクは
進藤が好きだったんだ。
だから、追いかけた。諦めなかった。
きっと他の人ならこんなにも追いかけたりしなかった。
好きにさせておけばいい、と。嫌うなら勝手に嫌っていればいい、と。
進藤だったから。
進藤が好きだったから。
進藤…
心の中で進藤の名を呼んだ。
進藤はそれが聞こえたようなタイミングでボクのシャツを捲り上げ、ボクの体に手を這わせてきた。
ぞくぞくと感じたことのない感覚が全身を襲う。
「んっ」
どこから出しているのかわからないような声が出る。
ボクはもう何も考えられなかった。
「塔矢…」
進藤は唇を離すとボクを見つめて囁く。
潤んだ瞳は優しくて、もう冷たさは感じられなかった。
ぽたっ
水が落ちる音がした。
ボクははっと我に返った。そうだ、進藤は怪我をしていたんだ。
「進藤っ、腕っ」
「ああ、大丈夫だよ」
とても大丈夫には見えない。ぽたぽたと止まることなく血が落ちていく。
よく見ると、進藤の顔は血の気が引いて青白くなっている。
「進藤っ、病院に行こう!」
ボクは慌てて電話に向かおうとした。でもそれは進藤が許してくれなかった。
「駄目。塔矢が欲しい。もう我慢できない」
そう言ってボクを押し倒す。片手は怪我をしているのになんて無茶するんだ!
「ちょ、進藤っ!」
進藤はボクの首に顔を埋めてきた。首に濡れた何かがぶつかる。
進藤の舌?!
ぴくんっ
体が一気に強張ったのがわかった。それはきっちり進藤にも伝わって。
「オレが怖い?だから言ったじゃん、帰れってさ?」
進藤は意地悪そうに笑った。でも今までとは違う。冷たい感じはしない。
ただ意地悪をしたい子供みたいだ。
進藤はまたキスをしてくる。今度は少し強引に口を割って入ってくる。
熱い。溶けてしまいそうだ。
進藤のキスは心地よくて、でも…
ボクは初めて進藤に抵抗して進藤を引き剥がす。
「進藤!病院!」
そう。何よりまず病院だ。
「だから駄目。塔矢が先。塔矢、ずっと欲しかった」
「わかった!ボクならいくらでもやるっ!だからまず救急車を呼んで!病院へ行け!」
進藤は目を見開いて口をぽかんと開けていた。
あれ?ボクとんでもない事口走らなかった…?
進藤はすぐにんまりと笑うと、すっと立ち上がって電話に向かう。
素早くボタンを押す進藤を見て、ほっとした。
もうとんでもないことを口走ったとか、進藤とキスしたとか、どうでもよくなる。
進藤が病院へ行くんだ。進藤は死んだりしない。
よかった。あの血はすごい量だったから。
今、部屋を見回してもぽつぽつと血の跡。ソファなんかもう使い物にならないだろうな。
「塔矢、電話したよ。タクシーすぐ来るって」
「タクシー…?」
救急車じゃなくて?
「だってこんな時間で、近所迷惑だろ。それに目立ちたくないし」
そうか、切り傷だし、ナイフだし…こういうのって警察が来たりしてしまうんだろうか?
警察沙汰はちょっと…いや、かなりマズイ。
ぽたぽた…
進藤の腕から血が落ちていく。僕は慌ててタオルを持ってくる。
血でぐしょぐしょになったタオルをはずして、新しいのに取り替える。
進藤は痛そうに顔を顰めていた。そうとう痛いんだろうな。
「大丈夫か?進藤」
「ああ。大丈夫だよ。今から病院に行くんだし」
進藤はじっとボクを見つめて、それから少し、ほんの少し笑った。
進藤の瞳の光はゆらゆらと揺れていた。
「塔矢、ありがと。もう大丈夫だから、帰って?」
「え?」
こんな怪我人を置いて帰るなんて出来ない。そう思って
「いやだ。病院まで一緒に行く」
と言うと、進藤が悲しそうな顔をした。
そして進藤は目を瞑って、ふぅ、と息を吐き、目を開けると、きっ、と鋭い眼差しでボクを見た。
「いい。帰って」
口調はすごく淡々としていて、ボクを殺すと言った時の進藤のような瞳だった。
「…どうして?」
「おまえ…、本当に…。バカだな。オレはもう、おまえと二人っきりでいて何もしないで いられない。たとえ怪我をしててもだ。だから帰れ」
「ボクを…殺したいの?」
「だーっ!!違うだろっ!もういいっ!!帰れっ!とにかく帰れっ!」
「いいよ?何をしても」
進藤は苦しかったんだ。気持ちをコントロール出来なくて。
だからボクを避けていたんだ。
ボクを傷つけないようにする為に。
でも大丈夫だから。だから、進藤に傷ついて欲しくない。
進藤が傷つかずに済むのなら、ボクに何をしたって構わない。
「な、に言ってるか…わかってんの?」
進藤が目を見開いて聞く。
「わかってる」
はっきり答えた。でも進藤は悲しそうな顔をした。
「いらない。何も。オレが欲しいのは塔矢だもん」
「だからやると言っているだろう」
「違う。オレを病院に行かせる為とか、同情とかじゃなくて。…塔矢が、心ごと欲しい」
『心ごと』
全部。
あげるのに。
もう、ボクはわかったのに。
キミが好きだって。
もう心ごと囚われてしまっているのに。
キミにはわからないのかな。
言葉が欲しいの?
「ボクはキミが好きだよ」
進藤の目は見開かれて、「な」と言ったきり動かない。
「信じられない?」
それなら信じさせる。
ボクは動かない進藤に近づいてゆっくり顔を近づける。
進藤、信じて?ボクはキミが好きだから
さっきの進藤のように優しいキスを送る。
このまま気持ちも全て伝わればいいのに。
進藤からゆっくり離れて、ボクは少し笑って問いかけた。
「進藤、信じた?」
進藤はまだ固まってボクを見ている。進藤の右手がおずおずとボクの頬に触る。
ボクはその手に自分の手を重ねた。
「進藤、キミが好きだ」
「本当…?」
「本当だ。大体キミを病院に行かせる為とか、同情なんかでキスを許せるほど、ボクは大
人じゃない」
「じゃあ…してもいい?」
「いいよ」
答えるとすぐ押し倒された。
「ちょ、待て!進藤!もしかして『してもいい』ってその…」
「エッチ?」
やっぱりそれだったのかっ?!
ボクはてっきりキスかと思っていたのに。
「バカっ!怪我をしていて何言ってるんだっ!どけっ!」
「いやだ。せっかくお許しも出たのに」
「違うっ!キスならいいと言ったんだっ!どけっ!タクシーがもう来るっ!」
「じゃ、エッチは?」
こんなに血をだらだら流しながら何を考えているんだ!
「今は駄目だっ!病院に行けっ!」
「『今は駄目』?今度はいいの?」
…この男は…
「その怪我が治ったらだ!とりあえずどけろっ!重い!」
「…わかった」
進藤はやっとボクの上からどけてくれた。
「もう下へ行こう。タクシーが来る」
ボクは立ち上がって言う。進藤も立ち上がってくれた。
ボクが玄関に向かおうとすると、進藤がボクを呼び止めた。
「塔矢」
「何?」
「ごめん。避けたりして。今日も…ドアに挟めたり、無茶させて。オレ、自分勝手で。ご
めん」
「…いいよ。腕も大したことない。キミの方が重症だ」
「ありがとう、塔矢。大好き」
そう言って進藤はボクを抱きしめてキスをしてくる。
優しい優しいキスをしながらボクは
進藤の腕の怪我が早く治るように願った。

 

 

 

ああ、気分を悪くされた方、いらっしゃらないですか?いないといいけど。いたらごめんなさい。
そしてつっこまないで…。刺したらどうなるかなんて私は知らないよ(んじゃ書くな)。
題名も…わけわかんないですね。ヒカルの欲しいものは結局アキラなんですけど。そういうことなんで(どういうこっちゃ)
題名つけるのって大変です。決めて書くならいいけど。変でもさらっと流してください。
前半はシリアスなのに途中から甘いのは、たぶん私が甘いからです。シリアスになりきれない;
それに不幸モノって嫌だし。なんだか中途半端な感じがするようなしないようなわけわかんないけど
私は大満足。書きたかったこと書いたし。欲を言うなら2人の追いかけっこ、もっとしたかったんですけど(ネタ出てこないよ)。
でも私的に気に入ってますし。
自己満足で申し訳ない;でもたぶんこれが限界。すみません〜

 

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