「…何がしたいんだ」
進藤はボクに動かないでと命令して、…命令?ボクはどうしてそれに従っているんだろう…?。とにかくそう言って、進藤はボクの動きを止めるとボクの顔の前まで自分の顔を近づけた。
ボクはキスをするのかと思ったんだけど。
どうやら違うらしい。
進藤はボクと少しの距離をとってそのまま固まってしまった。
ボクの「動くな」と言われた手前、動いてはいけないような気がして動けなかった。
そうして、キスの寸前の体勢のまま、もう1分以上たった。
進藤はいつも何がしたいかわからない。
キスをする理由も、未だによくわからない。
したいから。
進藤はそう言った。
したいからする、なんて子供みたいだなと思ったけれど、そういう風に何でもやってしまえるところは少し羨ましいと思った。
「…進藤」
いいかげんにしてくれないと何だか疲れる。
動いてはいけないと思うと、体に力が入ってしまう。
意味もなく疲れなければならないボクの身になってほしい。
進藤の目的もよくわからないし。
「もう、動いてもいいか?」
進藤はじっとボクを見る。
それだけで、返事はしてくれない。
「進藤…」
駄目だとは言われてないのだから動けばいいものなんだけど、
どうしても動けない。「いい」と言われるまで。
何だか催眠術にかかったみたいだ。
進藤はボクをじっと見つめてる。
…そういえば、進藤の顔をこんなに近くで見たのは初めてかもしれない。
キスをする時は一瞬だし、目も瞑るから。
綺麗な目だな…。
進藤の目はいつも無邪気な、子供っぽさがある瞳なんだけど、
ふとした瞬間。
碁盤を挟んだ時や、空を見上げる時なんかや…、今みたいな時も、
すごく綺麗で強い何かを含んで、何かを見つめてる。
まるで、全て見えているかのように。
盤上の結果も、空の向こうも、…ボクの心も。
全て知っていて、全てを受け入れている。強い瞳。
そうだ、昔、あの時、キミを見つけた時、キミの前から立ち去る時、
「オレの幻影なんか追ってると、いつか本当のオレに足元すくわれるぞ!」キミがそう言った時の瞳。
あれが初めて見たキミの強い瞳だったんじゃないかな。
あの時はもっと子供っぽくて、真っ直ぐな感じだったような気がするけど。
キミの瞳はかわらないね。
いつも澄んでる。
「進藤の目は綺麗だね」
「ぇ…」
進藤が小さく声を漏らす。
進藤の瞳がゆらっと揺れて、またボクを見つめる。
「…綺麗だ」
ボクは進藤の頬に手を伸ばした。
ボクが触れると進藤はびくっと体を強張らせた。
そのまま、
ボクは進藤との距離を消すために動いた。瞼の上に唇を落とす。
キミの瞳が好きだ。
とても綺麗で、強い。
ボクが離れると、進藤はビックリ眼でボクを見ていた。
「…搭矢」
「何?」
進藤は戸惑った様子でボクを見た。
「何で、…キスしたの?」
「………」
何故だろう…?
キミの瞳が綺麗だったから。
「…したかった、から」
「…なにそれ」
「キミがいつもそう言ってキスしてくるじゃないか」
「そ…、そりゃ、言葉のあやっていうか…。そういうことじゃなくてさ…」
進藤はしどろもどろ言葉を紡いだ。
「おまえの気持ちが…知りたいんだよ」
「ボクの気持ち…?」
進藤は困ったように頭をぽりぽりと掻くとボクを真っ直ぐに見つめた。
今までで、一番強い瞳をしているような気がした。
「オレは、おまえが好きなの。いつも言ってるからよくねぇのかな。おまえちっともわかってくんないし。あのな、オレの好きってのはな、…えー…と、手を繋ぎたいとか、抱きしめたいとか、キスしたいとか、一緒にいたいとか、こう…、あ、恋人同士の好きなんだよ。わかる?」
「恋人…?」
「そう!それなんだよ!恋人っvv夫婦っvvv伴侶!これでわかるだろっvvv」
進藤は嬉しそうに、まるで宝物でも見つかったかのようにはしゃいでる。
「だから、おまえに触れたいし、そばにいたいし、キスもしたい」
進藤は急に真剣な、あの強い瞳になった。
「おまえは?おまえはどう思ってオレにキスしたの?」
ボクが…どう思ったか?
好きだから触れたい?
進藤は…ボクが好きだから触れたい。ボクは―――?
急に理解した。
進藤の「好き」。「キス」の意味。全て。
何故わからなかったんだろう。
ボクは一気に理解した感情を持て余して混乱した。
理解したとたん、顔が熱くなるのがわかった。
どうして、どうして…。そればかりが頭の中を占領する。
キミがボクを好きだって?
それは、友情なんかじゃない?
何故?だって…
「搭矢?顔、真っ赤」
「っ!」
進藤がボクに手を伸ばしておでこに手を乗せる。
顔から火が出るってこういうことなんだ、なんて頭の片隅で思いながら、進藤の手を思い切り叩いた。
「いてぇなぁ。だた熱でもあんじゃないかって心配…」
進藤はボクを見て、それからあれ?と首を捻り、それから、少しずつ目を見開いた。
「搭矢…、オレの言った意味、わかった…の?」
…
わかってしまった。
キミの気持ちも、行動の意味も、ボクの行動が…どれだけ恥ずかしい行動だったかも。
ボクが黙っていると、進藤はまた強い瞳で、でもそこには期待を入り交えて、ボクを見る。
「搭矢は、何でオレにキスしたの?ねぇ?」
「………」
「搭矢、ね、答えてよ」
「………」
「搭矢、オレ、おまえが好き。おまえは?オレのこと、嫌い?」
もう耐えられない。
進藤の瞳が綺麗すぎて嘘をつけない。
進藤の声が甘すぎて何も考えられない。
「搭矢、オレのこと、好き?」
ボクはぎゅうっと目を瞑った。
「…搭矢…」
視覚がなくなったからか、耳に届く進藤の声がより大きく聞こえた。
「オレの好きの意味わかるよな?」
ボクは首を横に振った。
知らない、知らない。ボクは、…、知らない。
「嘘。わかったんだろ?な?搭矢、ほんとのこと言って」
「…知らない」
進藤が小さくため息をつくのがわかった。
「とーうや」
今まで甘かった進藤の声が、少しだけいつもの無邪気な声に戻っていた。
「キスしていい?」
ボクは目を開けそうになった。それを必死に食い止めて、首を横に振った。
「何で?前はしてもいいって言ったじゃん?」
進藤は冗談でも言うかのように笑いながらそう言う。
「今は…駄目なんだ」
「どうして?」
「…どうしてもっ」
進藤はふ〜んと答えると、くすっと笑った。
ボクはまだ目を瞑っているから確認したわけじゃないけれど、きっと進藤は悪戯っ子の様な、楽しげな顔をしてるんだろう。…さしずめ、ボクは苛められっ子ってところか?
…進藤に苛められる?冗談じゃない!
「搭矢」
進藤の声が耳に届くと同時に、髪がふわっと浮き上がる。
違う、進藤がボクの髪を梳いたんだ。さらさらと髪の擦れる音が聞こえる。首筋に進藤の手が当たるとボクは不覚にもびくっと体を強張らせてしまった。
「搭矢、好き」
進藤の手がボクの頬まで移動してくる。
そっと優しく包み込まれて、ボクはどうしたらいいかわからなかった。
「好き。大好き。搭矢…キスしたい」
「…だ…めだ」
「どうして?」
「………」
「搭矢…。何にも知らない搭矢もかわいかったけど…、知っちゃった搭矢もかわいい。…ね、搭矢、言ってよ、おまえの気持ち。オレ、もしかして自信過剰?搭矢…オレのこと嫌い?」
進藤は縋るような声を出した。
ボクはそっと、目を開けてみた。
進藤は不安そうな瞳をボクに向けていたが、ボクと目が合うとふわっと嬉しそうに笑った。
「搭矢…やっと見てくれた。ね、答えて?」
「……、ボクは…」
「うん」
「本当に理解したのか?ボクの勘違いじゃ…」
「あってるよ。勘違いなんかじゃねぇ」
「だって…、ボクは男だよ?」
「そうだな。でも好きだ。それじゃ駄目?」
「駄目とかそういう…。だって…」
「駄目じゃないならいいじゃん?搭矢はどうなのか知りたい」
「ボクは…」
「うん」
進藤は優しいまなざしでボクを見ていた。
やっぱり、綺麗だな。
「ボクは、キミの瞳が好きだ」
「は?」
「キミの目。綺麗だから」
「…オレの、目?…」
「そう」
ボクが頷くと進藤は複雑な表情をした。
「…オレ自身は…?」
「………」
どうしてだろう。
キミは男で、ボクも男なのに、恋人とか、夫婦とか言われてもすとんと理解できたのは。
今までは全然わからなかったのに。
…ボクは
進藤をどう思っているんだろう。
「搭矢?」
「わからない」
「搭矢…」
「ボクはどう思ってるんだろう。よく、わからないんだ」
「うん。そっか、じゃあ、しかたないな」
進藤はちょっと残念そうに笑った。
「ね、じゃ、キスしたら駄目?」
「駄目だ」
「ええー…。何で?」
進藤は拗ねた子供のような顔をして頬を膨らませた。
「…ちゃんと、理解してから、したい」
ちゃんと、
ボクがキミを好きなのかどうか、理解して。
それから
きちんと。知りたい。
「わかった」
進藤はそう言うと、ボクのおでこにちゅっとキスを落として、にっこり笑った。
「オレ、ずーっと待ってるからさ」
そう言って笑った進藤の瞳は幸せそうだった。
もしかしたら、何か見えていたのかもしれない。
ボクの気持ちや、…ボクらの未来さえも。
続くつもりはなかったんですが…
鈍いアキラにハマってしまった模様;
…たぶん…また続きます…;