バイト2日目。
昨日は初めてのことで戸惑うこともあった仕事だったけれど、2日目となると結構慣れてくるものだ。
レジも少しだけど、使うことが出来るようになった。
「搭矢くんは何故バイトをしたかったんだい?」
オーナーがお客さんが減って少しのんびりしていた時に聞いたきた。
「え?何故か、ですか…」
オーナーはにこにこと笑いながら聞いてきた。
「彼女にプレゼントでも買ってあげるの?」
思わずボクは噴出すかと思った。
「ち、違いますよ」
オーナーはおかしそうに笑うとボクの背中をぱしぱしと叩いた。
「大丈夫さ、義高には言わないよ」
にっこりと笑うオーナーにつられてボクも笑った。
「いいねぇ、彼女。搭矢くんの彼女だったら美人?」
恋人ではあるけれど、彼女ではないんだけど…。まぁ、いいか
「美人ではないですよ」
「へぇ?どんなコなんだい?」
「…わがままで、時間にルーズで、すぐ八つ当たりをしてきて…」
進藤を思い浮かべながら話していたら、オーナーがくすくすと笑っていた。
「何ですか…?」
「いや、搭矢くん、そのコのこと好きなんだね」
ボクは思わず赤面してしまった。
「いいねぇ。そのコ見てみたいなぁ。今度連れておいでよ、サービスするから」
ボクは「はぁ」と返事を返したけれど、進藤を連れてきても「ボクの恋人です」なんて紹介は出来るはずもない。
しかも紹介しなくとも、オーナーは進藤を知っている。
でも、紹介は出来なくても、一度進藤とここに来ようかな。
からんからんとドアの開かれる音が鳴る。
「いらっしゃいませ」
オーナーとの話はここで終わった。
オレは暇を持て余していて、携帯を眺めながらベッドの上でごろごろしていた。
突然の予定変更。今日は和谷もいないし。伊角さんは家族で出かけるとか言ってたし。
実家にでも帰ろうかなぁ
あかりが打てって言ってたっけなぁ
でも打つ気にもなれないって言うか…。面倒だしなぁ…
『ボクだってキミに会えたら会いたいと思っているんだからな』
それを見てはにまにまと顔を緩ませてベッドでごろごろと時間を潰す。
搭矢が見たら「何をごろごろとしているんだ!掃除でもしろ!」とか怒鳴ってくるんだよなー
怒られてもいいから今日は一緒にいたかったな…
昨日の不安は搭矢のメールでかなり解消されていた。
でも寂しいって感情は残ってる。
会えるって前から約束していただけに余計にへこむ。
はぁ
今日何度目のため息かな、これ。
搭矢にメールは返さなかった。
搭矢も返事が来ない寂しさを味わえばいいんだ〜と思って。
でも逆にオレが寂しくなってしまった。
だって搭矢から、なんで返事をくれないんだ?ってメールが来ない。
忙しくて出来ないのかもしんないけど。
本当はすごく気にしてるのかもしんないけど。
なんの反応もない。
搭矢はもっと気持ちを行動に出すべきだよな!
メールだってもっと沢山くれてもいいのに。オレは全然迷惑とか思わないのに。
普段だって、あいつは言葉が少なすぎる。
好きだって、愛してるって、オレは沢山言うのに、あいつは言ってくれないし。
まぁ、搭矢がオレを好いてくれてるってのはわかってるけど…。オレだって言って欲しいのにな。
あ〜あ
搭矢、今頃何してんのかなぁ
昼休みに携帯を覗き込む。
メールも電話も来ていない。
進藤…、まだ怒っているんだろうか…。
ボクから送った方がいいのかな。でも昨日ちゃんと謝ったのに。
ボクは携帯とにらめっこをしながら考えていた。
でもなんて打てばいいんだろう。
それより進藤はちゃんとメールを読んだんだろうか?もしかしてまだ寝てたりして…。
いや、いくら進藤でもこんな時間まで寝てるなんてことはないだろう。
じゃあ、見てるはず…、なんだけど…。
いつもだったら絶対に返事をくれるのに。
無言なんてないのに。
ボクは意を決してメールを打った。
『進藤、まだ怒っているのか?』
ぴりり〜ら〜ら〜♪
突然オレの携帯が音をたてて驚いた。
メールだ。
オレは慌ててそれを開く。
搭矢!
『進藤、まだ怒っているのか?』
搭矢、やっぱり気にしてくれたんだ。
『ううん。もう怒ってねーから。あ、明日の晩飯オレが作っておくから何も食べてきたりすんなよ?』
嬉しい嬉しい。搭矢、やっぱり気にしてくれたんだな。
あいつからメールが来るのって嬉しい。
いつもオレから送るし。あいつは返事だけ。やめるのもアイツだし。
よしよし、オレの計画もなかなか上手くいったみたいだなっ。
しかたねぇな!今日のドタキャンは許してやろ〜っと。
そうだ、今日は暇だし(と言うか暇にされたというか)、明日の晩飯の買出しに行こう。
ちょっとだけ凝ったモンでも作ろうかな〜
って言ってもオレが作れるモンなんて限られるけど。
オレはスキップでもしそうな勢いで買い物に出かけた。
進藤からメールが返ってきて、ボクはほっとした。
「搭矢くん」
突然声をかけられてボクは驚いて振り返った。
「彼女からメール?」
「オーナー…」
「直樹でいいよ。そのメールが終わったら来てくれるかい?」
ボクは慌てて立ち上がった。
「あ、はい」
「メールはもういいの?」
「え?あ、はい」
オーナーはにこにこ笑いながら話しかけてくる。
この人の笑顔をみているとほっとする。
お客さんも、そんなオーナーに惹かれてやってくるのかもしれないな。今日も疲れた。
昨日ほどとは言わないが、今日も早く寝た方がいいな。
明日、進藤にプレゼントを買って。
それから…
ボクは明日のことを考えながら眠りについた。
バイト3日目。
今日でバイトも終わりだ。レジも使いこなせるようになったのに、何だか勿体無いような気がした。
大変な仕事だったけれど、それなりに楽しかった。
ボクは最後ということもあって、張り切って仕事をこなしていた。
それに今日は進藤に会えるし。
そのことを思うと心が踊る。くすぐったいような気持ちになった。
直樹さんはお昼をおごってくれた。直樹さん特製のオムライスをご馳走になった。
すごくおいしくて、このお店が繁盛しているのも頷けた。
からんからん
「いらっしゃいませ」
「直樹さんは?」
そのお客さんは入ってくるなり聞いてきた。高校生くらいだろうか…?
「え?あの…」
「あ!直樹さんっ」
その子は直樹さんを見つけるなり、直樹さんに向かって走っていった。
「あれ?麻奈美」
「直樹さん!聞いてよ!またお母さんがねっ!」
麻奈美と呼ばれた彼女は直樹さんを見つけると一気にまくし立てるように話し始めた。
ボクが呆然とそれを眺めていると直樹さんが苦笑して言った。
「搭矢くん、これ、僕の姪なんだよ。驚かせたね」
「これとは何よ」
その子はこちらを向いて、にこっと微笑んだ。
「はじめまして、佐藤麻奈美です」
「はじめまして、搭矢アキラです」
その子はボクをじーっと見つめて直樹さんに向き直った。
「またカッコいい人を雇ったのね、義くんの紹介?」
「そうだよ」
「何よ、義くんってば誰か紹介してっていっても誰もいないとか言って!いつも違う友達連れてくるんだから」
「おまえに男は早いだろ」
「そんなことないもん」
佐藤さんはボクに近づいてきて聞いた。
「ね、私いくつに見える?」
「え?…高校生かな?」
そう言うと佐藤さんは嬉しそうに笑って言った。
「ほら!高校生に見えるんだから」
「え…違うんですか?」
ボクが直樹さんを見ると苦笑して言った。「麻奈美は中学1年だよ」
それを聞くと失礼だけどボクは佐藤さんをまじまじと見てしまった。
「背が高いからそう見えるんだろ」
「そんなことないもん。私ちゃんと化粧だってしてるんだから」
「だからかあさんとケンカになるんだろ?」
「違います、あの人がわからずやなのよ」
「やれやれ」
佐藤さんはボクを見て、にっこりと笑うと言った。
「搭矢くん、私と付き合わない?」
「え?」
「駄目だよ、搭矢くんには彼女がいるんだからね」
直樹さんが割って入ると佐藤さんは「残念〜」とボクを見ていった。
「搭矢くん、カッコいいもんね〜」
「麻奈美、今日塾は?」
「…知らない」
「またサボるのか?いい加減行ったらどうなんだ」
「だってー…」
それから佐藤さんと直樹さんはいろいろ話していた。
ボクは接客であまり聞けなかったけれど、どうやら、佐藤さんの相談相手が直樹さんらしい。
2人の話がひと段落ついた頃はもう5時になろうとしていた。
「じゃあ行くんだな?」
「行くってば。心配症だよね、直樹さんって」
「おまえがいつも心配かけるようなことばかりやっているからだろ」
「そうだった?」
「そうだ。あ、もうこんな時間か、麻奈美、もう行かなきゃいけないだろ?」
「はいは〜い」
佐藤さんが立ち上がると、直樹さんはほっとしたように微笑んだ。
それからボクを見て、何か思いついたように笑った。
「搭矢くん、悪いけど、麻奈美を送ってやってくれないかな」
「え?でも、まだ…」
ボクのバイトは6時までと決まっていた。
「いいよ、今日は彼女と会うんじゃないのかい?」
「え…」
「麻奈美を送ってくれたらそのまま帰ってくれていいよ」
直樹さんの言葉に佐藤さんが反応する。
「直樹さん、それって監視させるってこと?」
「そうだよ、おまえは約束を破ることもあるしね」
「失礼ねぇ。そんなの数回でしょ」
「搭矢くん、お願いするよ」
「あ、はい」
「まぁ、いいけど。こんなカッコいい人が送ってくれるなら」
ボクは早く上がる変わりに佐藤さんを送ることになった。
ボクは急いで帰り支度を済ませる。
「じゃあ、三日分の給料。少なくて悪いけど」
「ありがとうございます。今度はお客として来ます」
「ああ、ぜひ来てね」
ボクは直樹さんに挨拶を済ませると佐藤さんと歩き出した。
あちゃ〜…
オレが夕食の準備をしようとしたら、ケチャップがないのに気がついた。
「買出しに行かないと…」
搭矢っていつ来るんだっけ?えーっと確か7時って言ってたよな。
時計を見上げる。まだ5時すぎ。
この時間には間違っても来ないだろう。
あいつってば合鍵あるのにオレが居ない時は絶対に使わないんだよな。
オレが居たらチャイムを鳴らして入る。居なけりゃ帰る。
合鍵の意味ねーじゃん。
あいつ曰く、いくら恋人の部屋でも人の家に無断で入るのは抵抗がある、らしい。
何だか搭矢らしいから鍵を使わなくてもいいかと思う。
だって、使わなくてもあいつは鍵を受け取る時、嬉しそうに微笑んでたんだ。
それだけで、もういいかなと思う。
使って「おかえり、進藤」なんて迎えてくれたらなおよいんだけど。
あいつはそういうのわかってなさそうだし。
「っと、買出しだっけ」
オレは財布を持って出かけた。
別に急ぐ必要もないんだけど、もしかして用事が早く終わって早く来てくれるかもしんねーしな。オレは歩いている間にアイスが食べたくなった。
コンビニに売ってないやつ。うーん、食べたいと思ったらどうしても食べたい。
デザートに買おうか。搭矢もおいしいって言ってたしな。
時間あるし、スーパーまで行くかぁ。
オレは行き先をコンビニからスーパーに変更して歩き出す。スーパーに向かっていたオレの視界の中に見覚えのある人影があった。
搭矢…?
オレがそれらしき人物を目を凝らして見つめる。
やっぱ搭矢だ。
搭矢だと確認したとたん、オレは凍り付いてしまった。
搭矢が女の子と並んで歩いてた。
オレは搭矢を凝視していたけど、搭矢はオレに気がつかないで女の子と歩いていってしまった。
搭矢…、どういうこと?
佐藤さんを送り届けて進藤にプレゼントを買って、すぐに進藤のマンションに向かった。
部屋の前に立ってインターホンを押す。
ボクは暫く待ったけれど、進藤が出てくる気配がなかった。
「…おかしいな」
今日来るとちゃんと言ったし、進藤もわかってくれているはずなんだけど。
夕食だって作ってくれるって、あ、もしかして買出しにでも行ったのかな。
ボクは困った。
入って、待っていようか。
鍵はいつも持っている。あまり使いたくはないけれど、その鍵がボクの手の中に存在するだけで嬉しかったから。
外で待っていようか…。
買出しなら、すぐに帰ってくるはずだし。
やっぱり外で待っていよう。
ボクはドアに背を預けて進藤を待った。
気がついたら、どこかの公園にいた。
さっきから頭ががんがんと痛む。
搭矢が女の子と歩く姿が頭をかすめた。
頭が痛くて何も考えられなかった。
搭矢が女の子と歩いてた。
それだけでオレは吐き気がするほど気分が悪くなった。
何で?何で女の子と歩いてた?
搭矢は楽しそうに笑ってた。
まるで恋人同士みたいに見えた。
何で?
オレがヤになって女の子に乗り換えた?
…なんで、昨日会えなかった?
どうして、忙しかったんだ?
何で、何をしていたか教えてくれなかったんだ?
和谷と何話してた?
搭矢、今日、何で会おうと思ったんだ?オレに別れを告げるため?
「搭矢…っ」
何で今更気がつくんだろう。
オレは、搭矢がいなくなったら生きていけない。
搭矢に嫌われたら、生きていけないんだ。
苦しい、苦しい。
息の仕方も忘れそうだ。
搭矢、行かないで。
オレのそばから離れないで。
おかしい。もう8時になる。
進藤はまだ帰ってこない。
おかしすぎる。買い物にこんなに時間はかからない。約束の時間もとうに過ぎている。
どうしよう、事故か何かに合ったとか?
ボクは慌てて携帯を取り出した。
進藤にかけてみる。進藤は出なかった。
「…進藤」
どこに行ったんだろう…。何かあったのだろうか?
ボクは立ち上がって進藤を探しに行くことにした。
心当たりのある場所は全部行ってみた。
棋院、碁会所、コンビニ、スーパー、ボクは行きたくはなかったけれどゲームセンターも。
それでも見つからない。
何故?
不安が大きくなる。もし進藤が事故にでもあっていたら。
ボクは進藤の実家に電話してみることにした。
進藤は実家にもいないみたいだし、事故にあったなんて連絡もないようだ。
ほっとしたけれど、じゃあ進藤はどこにいるんだ?
仕方がないので、ボクは一度進藤のマンションに戻ることにした。
もしかしたら帰ってきているかもと期待したが、マンションに明かりはついていなかった。
どこにいるんだろう、進藤。
ボクは進藤から貰った合鍵を握り締めた。
どうしよう。
進藤にもう一度電話をしてみる。しかし進藤は出なかった。
公園でボーっとしていたら、腹がぐーっと鳴って、オレは我に返った。
ああ、そういやオレ、ケチャップを買いに出たんだっけ。
今何時かな。
携帯を取り出してみる。
11時。
オレ何時間ここにいたんだ?
携帯のディスプレイに着信があった。
搭矢だ。3回。
バイブにしていたから気がつかなかった。
搭矢…、
搭矢。
会いたい、搭矢に。
でも、嫌だ。別れようなんて言葉は聞きたくない。
搭矢…
ぐう
「………」
何で人って悲しくても腹が減んのかな…
ここでこうしていてもしかたないし、オレは帰ることにした。
こんな時間じゃあ、搭矢も帰ったかな。
それでいいや。嫌な報告も聞かなくて済む。それでもオレは搭矢が待っていてくれるのを期待していた。
自分の部屋の前に搭矢が立っていてくれるのを。
矛盾してるけど、搭矢に会いたいのは変わりないから。
でもそれは叶わなかった。
部屋の前に搭矢の姿はなかった。
怒ってか呆れてかして帰ったんだと思う。
オレはもうどうでもいいかな、なんて投げやりに考えていた。
搭矢がいない。ここにいてくれたとしても離れてしまうなら、ここに居ても意味なんかない。
搭矢…
オレは鍵を握り締めた。
搭矢、笑ってくれたのに。
オレの合鍵を笑って受け取ってくれたのに。
オレは鍵を使って部屋を開ける。
搭矢、最後まで鍵使ってくれなかったんだ。
がちゃっと言う音が耳に響く。
オレが部屋に入ろうとしたら、そこに搭矢が立っていた。
「と…うや」
オレは驚いた。だって搭矢が中に入っているなんて予想してなかった。部屋の電気だってついてなかったし。
搭矢、オレが居ない時に入るの嫌だって言ってたのに。
搭矢は無言でオレを中に入れて、ドアをばたんと閉めた。
「搭矢…なんで…?」
搭矢はオレを睨みつけると、ばしんとオレの頬を叩いた。
「っい!」
「今何時だと思っているんだ」
「いってぇ…。何時って…」
「今は何時かわかっているのか?」
搭矢はオレを睨みながら言う。
「…11…時」
「そうだね。じゃあ約束の時間は?」
「…7時」
「わかっているのに帰って来なかったのか。じゃあもういい」
搭矢はそう言ってオレを押しのけて部屋を出ていこうとした。
オレはわけがわからなくて、でもとにかく搭矢を逃がしたくなくて腕を掴んで引っ張り戻した。
「ちょ、搭矢、な…」
搭矢の顔を覗き込んだら、搭矢の目が潤んでいるのがわかった。
「搭矢…?」
搭矢はオレを睨みながら必死に唇を噛んでいた。
オレが搭矢の腰に手を回して引き寄せても、何も言わないでオレを睨んでいた。
「搭矢…、あのさ…」
それだけしか言っていないのに、搭矢の目から大量の涙が溢れ出した。
「搭矢っ、な、どうしたっ?どっか痛いのかっ?」
「…痛い」
「ど、どこっ?」
「心」
「え?」
搭矢は涙をごしごしと拭う。
「搭矢、何?どういうこと…?」
搭矢は首を横に振るとオレから離れようとした。オレはそれを阻止しながら聞いた。
「搭矢、ちょっと待ってよ。どういうこと?」
「…もういい。もう…っ」
「よくない。搭矢、何で泣くの?ねぇ」
オレが搭矢を抱きしめると、搭矢がひっくと声を漏らした。
「オレが…帰って来なかったから怒ってんの?」
搭矢はオレの腕の中で頭を立てに振った。
「ごめん…。でも、だってさ…搭矢…」
どうしよう、聞きたくなんかないのに。言いたくなんかないのに。
「…女の子と歩いてたじゃん…」
そう言うと搭矢はばっと顔を上げて、オレを怪訝そうに見た。
まるで見に覚えがないって顔。でもあれは搭矢だった。
それから搭矢は「あ」と声を漏らした。
やっぱり思い当たることがあるんだな。
「あれは和谷くんのいとこだよ」
「は?」
そこに何で和谷が出てくるんだ。
と言うか女の子でもヤだけど、和谷の名前もあんまり聞きたくない。
「彼女は中学生だよ?」
「は?中学?」
余計に訳がわからない。
「もしかして、…それを見たから帰って来なかったのか?」
搭矢は眉を寄せてオレを見る。何だか…言いにくいんですけど。
「……そうだけど…」
ばちん!
「っ?!」
搭矢はさっきと同じようにオレの頬に平手を食らわした。
「い…ってぇ…」
オレは頬を押さえてしゃがみ込んだ。
痛い;さっきと同じ頬だっただけにさらに痛い。と言うか搭矢思いっきり殴ったな;
オレが抗議しようと顔を上げたら、搭矢がまた泣いていた。
「くだらないっ!…ボクが…っどれだけ心配したと…」
搭矢がぽろぽろと涙を零しながらオレを睨んだ。
搭矢がこんなに泣くなんて…。
オレはとんでもないことをしてしまったみたいだ。
「ごめん…、搭矢、ごめん。心配した…?」
オレが搭矢を引き寄せると、搭矢はきっとオレを睨んだ。
「当たり前だっ。どこかで…事故にでも…っあったんじゃないかとかっ」
オレは搭矢の涙を拭ってやりながら聞いていた。
「キミの実家にも…電話して聞いてっ…」
「え?電話したの?」
搭矢は無言でオレを睨んだ。
「キミのために……っ」
搭矢はそこでまた涙を零した。
搭矢がこんなに泣くとこ初めて見た。涙腺が壊れたんじゃないかって疑ってしまう。
「何?オレのために何?」
搭矢は足元にあった自分のカバンをごそごそと探る。
オレはそれをじーっと見ていた。
搭矢は小さな箱をオレに差し出した。
「…何?」
「開けろ」
オレは言われた通り、箱を開けてみた。
「……これ…、もしかして、オレに…?」
搭矢はこくんと頷いた。
嘘みたいだ。だって…。
「何で?…オレ、誕生日でも何でもないよな?」
「…お礼」
「え?」
「キミに合鍵を貰ったお礼」
これって、夢?だって、お礼って。合鍵のお礼?
そんなの、これに比べたら月とすっぽんくらい違うじゃん…。
オレが無言でいると、搭矢は少し不安そうに言った。
「気に入らなかった?」
「ち、違うよ、その、なんつーか…、信じらんないって言うか…。だって、オレ、別れ話でもされるのかと思って」
搭矢は目を丸くした。
「だって、女の子と歩くなんて搭矢しないじゃん」
あれ?そういや何で女の子と歩いてたんだ?
「…キミも、ボクもバカみたいだ」
「は?」
「ボクだって…、ボクがあんまり冷たくあしらったから怒って会ってくれないのかと思った」
「んなわけねーじゃん。搭矢が冷たいのなんていつもだし」
オレが驚いてそう言うと、搭矢はむっとした顔をした。
あはは、いつも冷たいは余計だった;
「そっか、じゃあ、オレの勘違い。そうか…よかった」
「よくない。キミのせいでいらない心配をした」
搭矢はふうとため息をついた。
でもそのため息が安堵のため息みたいだったからオレは嬉しかった。
オレは手の中に貰ったものを見た。
「なんでこれにしたの?」
指輪。
「…キミが欲しがっていたじゃないか」
「え?んなこと言ったっけ?」
「一度だけ、言っていたよ。ボクとおそろいで欲しいって。買いに行こうってキミが言ったのをボクが断った」
そうだったっけ?確かに搭矢とおそろいで指輪を欲しいと思ってたのは事実だけど。よく覚えてるなぁ
「じゃあ、これっておまえとおそろい…?」
搭矢は無言でポケットを探った。出てきたのはオレの手の中にあるものと同じ指輪。
マジで…?こんなの、なんか本当に本当のことなのかな。
夢でしたってオチはないよな?
「搭矢…、ありがと…。オレすっげー嬉しい」
「どういたしまして」
そう言って搭矢は微笑んでくれた。
オレは搭矢を抱きしめてそのままずりずりと座り込んだ。
「オレって…バカ。もっと早く帰ってくればよかった。折角搭矢から指輪もらえるのに」
「そうだね。キミはバカだ」
オレは搭矢の顔を真っ直ぐ見つめて聞いた。
「オレがバカでも…捨てない?」
搭矢は目を丸くしておかしそうに笑った。
「キミがバカなのはいつもだろう?だから…捨てたりしないよ」
オレはそれを聞くと、搭矢にキスを送った。
もう、小さなことで悩むのは止そう。搭矢はオレを思ってくれてるんだから。
「ね、指輪、おまえがつけてよ」
オレは左手を差し出した。
搭矢はオレの手から指輪を受け取って聞いた。
「…薬指にはめるの?」
「あったり前だろ」
「…バレないかな」
「だっておまえつけないんだろ?」
搭矢が指輪をつけて碁を打つなんて絶対にしない。普段だって絶対につけないぜ?こいつなら
「つけない」
やっぱり。でもさぁ、それじゃあ指輪の意味ないじゃんか。
それでもちゃんとおそろいにしてくれるんだから嬉しいけど。
搭矢はオレの指に指輪をはめるとオレを見た。
オレは手を目の前まで持ってきて、それを確かめる。
ちゃんとある。オレの指に。搭矢からの贈り物。
オレは搭矢に微笑みかけて言った。
「結婚指輪」
「結婚してないだろう」
「じゃあ婚約」
「それもしてない」
「じゃあ今しよ。搭矢、オレと結婚してくれる?」
「………毎日一局打ってくれるか?」
オレはそれを聞いて笑った。搭矢らしい
「打つよ、毎日。だから結婚して?」
「…じゃあいいよ」
「ほら、婚約指輪になった」
「都合がいいね」
「よくていいじゃん」
オレが笑いかけると搭矢も笑ってくれた。それからオレは搭矢からここ3日間何をしていたか聞いて、
オレのために働いていたって聞いたときは飛び上がるほど嬉しかった。
オレなんか3日間ずっと搭矢のこと気にしまくってただけだったのに。
でも、ちゃんと搭矢の気持ちもわかったし、少し不安な3日間だったけど、
これはこれでよかったんだと思った。
何だかすれ違いのオレ達の3日間は、
こうしてオレのマンションの玄関で婚約をして幕を閉じた。
ちゃんちゃん♪
蒼さんが踏んでくださいましたvリク内容は
・アキラがヒカルに贈り物をしようとバイトするお話。
・疑心暗鬼になってしまうヒカルの心情を
・何の為の贈り物か、アキラのバイト先などはお任せ致しますv
ということだったのです。何故かそのあとの話の「男前ヒカル」に力を入れようとして失敗;;
プレゼントは結構悩みました。何がいいかと考えているうちに普通になってしまって(あは)
半分が趣味入ってしまいましたね…。指輪とか、バイト先。アキラに「いらっしゃいませ」って言われたい!!
…アキラを泣かせて楽しかったv(ぼそ)